3. 一日目・放課後:星河高校生徒会

 放課後、生徒会室。


「それで、例の爆発事件対策会議を始める……つもりだったんだけど……」

「何を話します……?」


 黒眼鏡を掛けたあかりが困惑気味に切り出した。

 これに戸惑いながら応じたのは生徒会副会長、結城凪ゆうき なぎ。身長175センチ、スレンダーな体型で髪はショートヘア。スクエア型のメガネを掛け、大人しく控えめな性格に見える。魔術師としての能力はB級である。


「何って今後の対策の為に集まったんでしょう?」

「そうはおっしゃいますが、今出来ることは終わってしまっていませんか?」

「……お前さンの手でな」


 恭哉に応じたのは、優雅な佇まいの金髪の少女と厳つい雰囲気の長髪の少年。


 書記兼広報の植野麗花うえの れいかは身長や体型は平均より上、前髪には細い黒リボンを付け、首の後ろで二つに分かれる金髪は母親譲りの地毛である。父親は祖父から受け継いだ会社を一代で業界最大手にまで引き上げた経営者で麗花が誇りとしている。誰に対しても敬語で話し、物腰も穏やかである。

 会計の東勇灯あずま ゆうひは身長は平均をやや超える程度だが、隣に凪が立つと少し小さい印象を受けてしまう。長い後ろ髪を帯で縛ってYシャツと制服の隙間に入れている。登下校中と放課後は常に背中に竹刀を背負っており、一見殺気立って見えるA級魔術師である。


「ん、じゃあ、パーッと遊びに行く相談でもしま……せんね、はい」


 茶化そうとして周囲の視線に萎縮したのは現生徒会唯一の一年生、庶務の倉田晴。B級魔術師である。髪はツーサイドテール、小学生と間違われることの多い低身長の割に胸は大きい。胸の印象を打ち消さんばかりに、頭頂に赤く大きなリボンを付けており、頭を動かすたびに二本の尻尾諸共ピョコピョコと動く。口数が多いうえに軽率な発言が目立つなど、性格も含めて凪とは対照的である。


「何かまずかったかな?」


 晴を飛ばした直前の発言を受けて、恭哉が首を傾げる。


 恭哉はあかりと別れた後、昼休みが終わるまでの五分間で教師へと歩きながら知り合いのつてで血液検査キット一式を借りるように頼んだ。その許可が降りるや五限目の授業中に校内の魔術関係者や町内会、魔術連合の支部への工作依頼を行った。

 彼らからの了承が降りると、六限目からつい先程までで、生徒会への報告と同時に生徒向けの告知プリントの手配を文芸部に、同じくポスターを美術部に依頼した。学校の公式アカウントから無料通信アプリでも既に告知を打たせた。

 血液検査の名目として『春の健康診断の血液検査で検体の取り違えが発生した』という言い訳も用意した。これらの文面やレイアウトは、有事用のテンプレートを元に恭哉が用意した。だから急ぎの依頼でも何とか聞いて貰えた部分もある。


 あとは明日の朝礼でクラス単位で説明とプリントの配布が行われ、明後日に検査が行われるだけだ。

 つまり、今日と明日はこの件で出来ることはもう殆どない。


「いや、その……ありがとう恭ちゃん」

「まあ、さっきも言ったけど借りられたのは採血の人手と分析機だけで、分析はこっちでやるしかないんだけどね」

「えーっ!よ、余計な仕事がぁ~」

「一人一人地道に調べてくほうが良かったのかお前さンは」

「あぅ」


 勇灯が晴の頭を小突く。

 恭哉が見事な手際なのは確かだが生徒会が怠けていた訳でもない。本来、生徒会に回す前に大人が片付けておくべき案件を代行しただけだ。普通は学生に(魔術側の)病院の機材や人員を借りるつてはない。生徒会は『町内会に対して』これを借りてくるよう交渉していたのだ。物流で例えるなら、恭哉は問屋を飛ばして製造元から仕入れた形と言える。


「それでさ、確認しておきたいんだけども」

「な、なぁに?」

「『人物X』を発見したとしてどうするの?」

「身柄を確保して爆発の原因を期限までに調べるのよ」

「原因が判明しないか、取り除けなかった時は?」

「人のいないところで死んでもらう……しかないでしょうね。そうならないように手は尽くすけれど……」

「まあ、それしか無いだろうね」

「いやぁ、でもひょっとしたら相手は極悪魔法犯罪者ウォーロックかも知れないですし、そしたらぶち殺して解決の上に賞金もワンチャン……無いですね、はい」

「お前さンなぁ」


 重々しくなっていた空気が弛緩した。

 魔法犯罪者とは、非魔術師おもての世界で言う犯罪者やテロリストのことである。表の世界と違って私人逮捕でも賞金が降りることが多い。しかし近年増加傾向にあるとはいえ、Xがたまたま魔法犯罪者である確率は相当に低い。そもそも魔法犯罪者相手でも逮捕・拘束が基本だ。見殺し前提で行動する訳にもいかない。


「正直『人物X』以上に、その魔法犯罪者が問題なのよね」

「核クラス、ですからね」


 凪が重々しく頷く。生かすにしろ殺すにしろX一人の処理は難しくない。人道的、そして心情的な問題を除けばだが。核爆発級の魔力で反抗してきた場合は脅威となるが、灰園明日香に応援を頼めばまだなんとかなる目はある。

 一番の問題はXを狙って他所の土地から魔法犯罪者が襲撃してくる可能性だった。『爆弾』として使うにしろ戦力として引き込むにしろ、利用価値は極めて高い。


「この規模の爆発だ。予知してやがる組織も一つや二つじゃねェだろうからな」

「発見と確保を急ぎませんとね」


 『町内会』もそうだが、ある程度の規模の魔術組織なら予知能力者の何人かは確保している。的中率や捕捉範囲はピンキリだが、一つだけ確実なことがある。起きる可能性が高く規模も大きい事件ほど大勢に予知されるということである。


「まあ、恭ちゃんを呼んだ狙いはそれもあるのよね。そのお陰か今のところ、敵が侵入してくる気配はなさそうだけど」

「いやいや、百合山さんはお守りかなんかですか会長ぉ」

「聞いて、恭ちゃん……百合山恭哉くんはD級魔術師ってことにしてあるけどね……」

「ちょっと姉さん……」

「今更他人行儀になさらなくても」

「本当の実力は……C級なのよ!」


 あかりは隣の席にいる自慢の義弟を堂々と指し示した。その義弟は額を抑えている。主な原因は、実力を低めに申告していることを明かされた件とその実力が微妙だという件の両方だった。


「姉さん……」

「ええと……ドンマイ!」

「失礼だろが」

「あ痛!何すんですかドS!」


 恭哉に親指を立ててみせた晴の頭を勇灯が小突く。

 あかりはこのやり取りを不思議そうに見ていた。恭哉はD級相当の能力値でありながら訓練でC級並の実力を身に着けた。能力の再測定や昇格試験をあえて受けずにD級に留まっているだけだ。

 しかも訓練の間も家や近所に学校などで色々な人の手伝いをし、人脈も築いていた。あかり自身も似たようなことはしていたが、あかりが一つ動く間に恭哉は倍は動いている。その辺りを考慮して尊敬を込めてのC級発言だったのだが、流石に言葉が足りなすぎた。恭哉を見ていれば自然に凄さが分かるだろう、という欲目も発言の一因だった。


 晴と勇灯のやり取りが落ち着いた所で、凪がトンと机を叩いて注意を引いた。


「戦闘力を抜きにしても、百合山さんの能力が高いのは間違いないでしょう。私たちが手こずっていた案件を片付けてくれたのですから」

「私に至っては用意していたキットでの検査計画が白紙ですわ。代行して頂いた範囲もちょうど私の担当範囲ですし……立つ瀬が有りませんわ」

「それはごめんなさい。とにかくスピード勝負だと思ったんで」


 恭哉は麗花に頭を下げた。


「ともかく、今日は向こう一週間の生徒会業務をまとめて片付けてしまいませんか。明日は血液検査の準備もありますし」

「そうね。犯罪者対策は必要だけど、情報がないから基本的な備えを固めておくしか無いでしょうし。取り敢えず出来ることからやっていきましょう」

「町内会も動いてないって訳じゃねェんだろ、会長さン」

「ええ。一応、厳戒態勢を取ってくれているわ。私のお父さんたちも本業の合間に見回りを強化してるわ」

「ウチのパパも忙しそうでしたよぉ」

「うちもです」


 あかりの言葉に晴と凪も頷く。星河町の魔術師の大半は会社勤めや自営業など普通の仕事をしている。町内会活動は早朝や夜、休日に行っている。町内会としての仕事をこなすことで町内会費や魔術連合から多少の報奨は出るが、時給に換算すると最低賃金を下回る程度の額で割に合ってはいない。

 それを間近で見ている魔術師の家の子としては、この厄介な現状にも文句が言いにくい。


「正直、早めに上に応援を要請して欲しいところだけどね」

「今年、特に夏休み明けからはどこも人手不足ですから、要請するなら早いほうが良いと思うのですけどね」

「せめて仁科先輩たちがいればなぁ」

「無い物ねだりしても仕方ねぇだろ」

「言っただけですぅ」

「先輩たちがいないのも、元を正せば人手不足のせいですからね」


 星河高校では生徒会選挙は六月頃に行われるが、通例として十一月頭の文化祭までは前期生徒会メンバーが引き継ぎを兼ねてサポートすることになっている。だが、今年は魔術世界の人手不足により、前期メンバーは仁科前会長を含めて他所のサポートに向かってしまった。表向きは短期の国内留学ということにしてあるが、年内に帰ってこられるのかも微妙だった。

 地方都市である星河市は魔術的には特に何もないため、魔法犯罪者もわざわざ侵入してこない。その割に灰園明日香を始めとして優秀な若手が多いが、代わりに魔術連合から回される防衛費用は抑えめで、有事の際には他所への人員の貸し出しを要求されやすい。

 今回はそういった地域の状況が完全に裏目に出ていた。


「灰園の力を借りるのも色んな意味で最終手段だしな」

「ええ。先輩たちも忙しいから、応援を頼むにしても急には戻れないわよ。さあ、まずは通常業務から片付けましょう」

「姉さん、僕は文芸部と美術部でプリントとポスターを貰って職員室に預けてくるよ」

「そうね、お願いするわ」

「他に何かあればついでに外回りしてくるよ?」

「特には……いえ、文化部棟に行くならついでにお願いしようかしら」

 

 あかりは恭哉にいくつかの仕事を依頼した。恭哉から見てあかりの逆隣で見ていた凪は、それが来週以降でも構わない事に気づいていたが何も言わなかった。


「あと、飲み物もお願いしまーす。百合山さんの奢りで」

「金は出すから全員分頼んでもいいか?コイツのはよく振った炭酸で良いから」

「ヒドい!?」

「分かったよ。親友の仇かってレベルで振っておく」

「そこは分からないで下さいよ!?」


 晴が立ち上がってリボンとサイドテールと、ついでに胸を揺らしながら抗議する。


「全部で最低二十分は掛かるかな?なるべく三十分で戻るよ」

「気をつけてね!横断歩道では右左のあともう一回右見るのよ!」

「姉さんもね」


 言うまでもないが校内に道路はない。生徒会室にはもっとない。

 冗談かと思った役員一同だが、恭哉が廊下を曲がって見えなくなるまで手を降っていた会長を見る限りでは、少なくとも彼女のほうは本気のように思われた。



 恭哉の姿が見えなくなると、一同は着席した。あかりは一人、筆談用のマグネットボードを棚から取り出して埃を綺麗な雑巾で拭う。自分も着席すると、ボードに何やら書き始めた。


「それじゃあ、東くん、各部からの今月の会計の中間報告はどうなっているかしら」

<ゴメンみんな。恭ちゃんがここまで話を進めちゃって>

「もう三十分待ってくれ会長さン」

<正直に言いますと、だから巻き込むのは反対だったんですが、こうなったら仕方ないですね>


 表面上は普通に会話を続けながら、ボードを受け渡して音の無い会話も並行する。正直、かなりやりにくい。スマホの通信アプリを使うことも考えたが、生徒会業務にスマホを使っているものもいる。余計にやりにくくなるのでそれは止めた。

 

 そして何故こんな面倒な真似をしているのかといえば、盗聴されているからだ。犯人は言うまでもない。昼休みのあかりとの会話中、手を引いた時に袖口に、ハンカチを敷いた時にスカートのポケットに、眼鏡を取った時に胸ポケットに、襟を撫でた時にもそこに、と最低四つ……おそらくあかりが気付いていないだけでもう二つかそこらは盗聴器をつけられていた。しかもあかりが鈍感になる赤眼鏡の時を狙った犯行だった。

 盗聴器を壊したり外したりすれば、犯人に気付かれてしまうので今こうやって話している。帰宅してから通信アプリで会話する手もあるが、顔を突き合わせて話す機会を逃す手はないし、五人のうち誰か一人のスマホに仕込みをされるだけで盗み見られかねないのでどの道危険だった。



 凪がボードを受け取る。

<こうなると、町内会への時間稼ぎを考えないといけませんね>

 晴が受け取る。

<パパを使って阿久津派をよく探っておきまぁす>

 麗花が受け取る。

<例の方とは接触できそうなんでしょうか>

 あかりが再び受け取る。

<どうにか接触できたけど、やっぱりこちらから出向かないと駄目ね。忙しくて動けないみたい>

<万一、阿久津派の背後に本当に予知がついていたら危険だし、血液検査のせいでタムリミットが早まったから隙を>

<ついて一気に連れていくしか無いわね>

 

 勇灯は、慣れない筆記具で長文を書いたあかりの元へと出向いてボードを受け取る。

<私には今は大したことは出来ませんが、時が来たらその分全力で動きます>

 また麗花が受け取る。

<『物資』は七人分のつもりで用意しておきますわね>

 あかりが受け取る。

<そうね、七人ね>

 晴が受け取る。

<それにしても、勇灯センパイ。書き言葉だとかしこまりすぎておもしろw>

「痛ぁい!?反則ですよ」


 書いている途中で拳骨を落とされた頭を晴が擦る。


「つまんねぇことでからかうな」


 その後もあかりたちの声のない話し合いは適度な偽装用の会話に紛れて続き、ちょうど二十分後に終わった。恭哉盗聴犯はその五分後に戻ってきた。


 

 灰園明日香が別荘地への討伐任務に向かったのはこの夜のことであった。

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