2. 一日目・昼(2):義姉はデュアル仕様生徒会長
「な、なんでテロとか言う話になるのよぉ!?」
「取り敢えず、場所変えようか」
「あっ」
恭哉はテロ容疑の掛かった義姉の手を引いて日当たりの良い東側へ誘導し、フェンス際の平台をハンカチで拭い、予備のハンカチを広げてその上へ座らせた。数年前までは全生徒に開放されていた屋上なので、このような場所もある。ついでに言えば、あかりが望遠鏡を背にするように体の向きも誘導した。生徒会長に使用目的を聞かれるのは避けたい。どうにか話題を誘導して忘れてもらうつもりである。
「ありがと」
「姉さん、あと眼鏡換えたら?」
「うう……そうね」
あかりは赤眼鏡を外すと、胸ポケットのケースから黒フレームの
「お待たせ。さて、どこまで話したかしら」
「姉さんがテロ計画を明かしたところまでだよ」
「茶化さないの」
先程まで落ち着きのない雰囲気が収まり、凛とした佇まいとなった。
眼鏡の度が極端に違うだとか、ましてや人格が変わった訳ではない。気持ちの切り替え、一種のマインドセットである。自己暗示と言っても良い。黒い眼鏡を掛けている間、あかりは注意深く落ち着いた性格になる。
或いは赤眼鏡の時に落ち着きが無くなると考えるべきなのかも知れないが、十年ほどの付き合いの恭哉にもどちらが正しいのかは判然としなかった。
一般生徒にはこの状態でクールビューティーとして認識されているが、テストや会長として生徒の前に立つ時などを除いた平常時は赤眼鏡を付けているので、同じクラスや生徒会、近所の人間には「やるときはやるが普段はポンコツ」と思われている。
「落ち着いて聞いて……今から一週間後、この町で大爆発が起きる、という予知が出たの」
「規模と場所は?」
「あんまり驚いてないわね?」
「だって、さっきわちゃわちゃしてる時に爆発って言ってたよ?」
「え?ああ、そうね」
言われてみれば過程を省いて爆発という単語だけだしてテロリスト呼ばわりされたのだった。ポンコツからクールになったとはいえ、直前のやり取りを正確に覚えているわけではない。
そして『予知』という単語を出したが、あかりと恭哉も明日香と同じく魔術師である。身近に優秀な予知能力者がいるので、『予知を貰う』ことには一般の魔術師よりもよほど慣れている。
「爆心地はこの学校、時間帯は深夜、そして規模は……最低でも半径五キロ」
「それはまた……核クラスじゃない?ミサイルでも降ってくるの?」
「あんまり驚いてないわね?」
「これもさっき言ってたよ?」
「え?いや、流石にこれを言ってたら気付くと思うけど……まあ良いわ」
全然良くは無いが、話を進めるのを優先した。
「爆発するのは、人よ」
「へぇ」
「驚きなさいよ!?」
「ひぇぇ。それで誰がどう爆発したらそうなるのよ」
「……信じがたいほどの魔力を持った誰か……仮に人物Xと呼ぶけど、その人物が何かの原因で爆発するらしいの。その誰が、を突き止めるのが私たちの仕事よ」
「ずいぶん漠然としてるねぇ」
「それも魔力が多すぎるせいじゃないかって言ってた……そうよ」
『5W1H』のうち、唯一分かっているのが"when"だけで、それさえも曖昧と来た。膨大な魔力が絡むと予知が阻害される場合があるのは確かだが、いくら何でも限度があるように思われた。
「それで探せって言われても、僕らじゃあどうしようもないでしょう。爆発の規模を考えたらもっと上が出てくる案件でしょ?」
「普通ならそうだけど、今はどこも人手不足だから人を回して貰うのは難しそうって話なのよ」
溜息を吐いたあかりの表情には苛立ちが見えた。あかりたちが所属しているのは星河市星河町の『町内会』と呼ばれる小さな組織である。人工十万人の星河市の中に千人ほどいる魔術師の互助組織である。
しかしこれは流石に町内会だけで対応出来る規模を明らかに超えている。本来なら他の地域の魔術師や、魔術師にとっての国連である
恭哉はあかりの伝聞調の言い回しと表情に裏を感じた。
「人手不足で済む話じゃないでしょうに。人を借りるのが難しそうってのは誰の意見なのよ?」
「町内会よ。大事になる前に内々で片付けたいようね」
他所者を遠ざけたい縄張り意識からだけにしては、『核爆発』は対処能力を超え過ぎている。何より『内々で片付ける』とはいかにも身内の不祥事を隠したいかのようだ。ただし誰が何をどうしぐじったら『核爆発』が起きるのか、は魔術師の常識でも考え難い。一個人で核クラスの破壊を巻き起こせる魔術師は
「で、町内会からはどれくらい人を回してくれるのさ」
「ひとまず、私たち生徒会だけでやれって」
「……無茶苦茶すぎるけど、もしかして」
「ええ。犠牲者はウチの生徒らしいの」
「まあ、僕らだけでやれって言うなら流石にそうだろうね」
「性別も学年も不明だけど」
「うん、やっぱり人手不足すぎるよね」
つまり高校生数名で学校の全員、約四百名を一週間以内に調べて『核爆発』を防げということだ。流石に無茶がすぎる。
「それにしても『鈴木さん』の予知にしては曖昧過ぎるよね。いつもならXさんの制服や背格好くらい見えるでしょうに」
「いえ、今回の予知は『佐藤さん』のものよ」
「………誰それ?」
恭哉が今日一番の驚きを見せたのをあかりは見逃さなかった。全国名字ランキング一位だけあって『佐藤』は町内会や学校にもいる名字であるが、あからさまに偽名である。何しろ『鈴木さん』からしてそうだ。
あかりは、陽光を反射する黒タイツに包まれた脚を組み替える。
「今回、阿久津派が急に引っ張ってきたそうよ。A級の予知能力者なんですって」
「実在するの?」
「追求できると思う?」
高ランクの予知能力者は数が少ない上に、魔術連合などの上位組織に徴用されやすい。阿久津派が急に引っ張ってきたとなれば実在を疑いたくもなる。
あかりの父を中心とした『大澄派』が抱える強力な予知能力者『鈴木さん』は間違いなく実在するが、訳あって表には出せない。
「『佐藤さん』を連れてこい」と主張して、阿久津派に「先に『鈴木さん』を出せ」と返されるのは避けたい。
ただでさえ、普段から紹介しろ(そして阿久津派のためにも予知を使わせろ)という要求を突っぱねているのだ。
この普段の要求が、二人が『佐藤さん』の実在を疑う理由でもある。自前で予知能力者を擁していたら、対立する大澄派に借りを作る必要はない。つい最近見つけたという線も無くはないだろうが、彼らの性格から言えば存在をアピールしてくるのが逆に不自然に思えた。
「それで『鈴木さん』にも予知して貰ったの?」
「何も見えないって」
「何も?」
「ええ、全く」
『鈴木さん』の予知は強力ではあるが、『恭哉が絡んだ未来が見えない』という欠点があった。どうしてそうなるのかについては、今は語る時ではない。
核爆発級の大事件となれば、普段なら並の予知能力者よりも早く気付く筈なのだが、他人から聞かされた上でなおも全く何も見えなかったとなると、恭哉が始終深く関わることになる可能性が高い。
「それ、僕が関わらなかったら見えるんじゃない?」
「そう思って『恭ちゃんには相談しないぞー』って強く念じてから見て貰ったけど、やっぱり見えないって」
「うーん」
実際問題、強く念じた後にこうして相談してしまっているので、意味がないようにも思える。
予知の難しい点の一つは『対照実験』が出来ないところだった。今回の件で言えば、恭哉に相談した未来としなかった未来、実際に選べるのは一つだけで、相談しなかった場合の未来にはもう辿り着けなくなっている。『今』と繋がらない未来を観るのは高位の予知能力者でも難しい。
「どうせ見えないのなら、恭ちゃんに相談する未来で確定させたほうが、かえって安全だと判断したの」
「誰が?」
「私よ」
恭哉はふーっと息を吐いた。
「それで僕にどうしろと?」
「魔力の検査器具を五個だけ借りられそうなの。皆で分担して調べたいんだけど、男手が足りないから男子を調べて欲しいのよ」
「血液検査のほうが手っ取り早くない?」
「……四月の健康診断ではそれらしい人は見つからなかったのよ?同じ方法じゃだめよ。勿論、診断の後で来た転入生は念入りに調べるけど……」
現生徒会は女子四名、男子一名。ただでさえ一人当たり八十名を担当しなければならないのに男手が足りなすぎた。
検査器具は体に当てて使わなければならない。男子が女子の体に触れるよりはマシだが、逆もお互い抵抗がある。
しかも対象が自分の魔力を自覚して隠そうとしていた場合は、検査器具では見抜けない可能性もある。候補が一人二人なら念入りに検査すれば問題ないが、四百人相手では難しい。
一方、血液検査なら偽装はしにくい。人体内の魔力は血液に多く含まれている。注射器に吸われる血から魔力を抜くことは不可能ではないが、採血に魔術師が立ち会っていればその目を欺くのは至難の技である。検査前に魔力を抜いておく手もあるが、遺伝子を調べれば時間は掛かるが魔術師かどうかの判定はできる。
何より専門機関の手を入れたほうが手間もなく確実でもある筈だ。
「でも機械でチマチマ調べるより効率は良いじゃないのよ」
「考えなかった訳じゃないけど、頼もうにも今は人手不足で……」
「って町内会の人が言ってたの?」
「うん……あっ」
恭哉はあかりの黒眼鏡をすっと取り上げると、あかりの胸ポケットに手を入れて先程の赤眼鏡と取り替えた。あかりは両胸を庇いながら動転した。義弟がさも当然のように胸を触ってきたら当然の反応だ。
黒眼鏡の入ったケースを持って南側へ歩き出す恭哉を、動揺するあかりが立ち上がって黒タイツの脚をばたつかせて追う。
「な、ななな何するの!?」
「どうせそれも阿久津派の人でしょ?」
「そ、そうだけどどどど」
「さっきから変だよ?何か隠してない?」
「きょきょ恭ちゃんがいきなり胸触ってくるから!」
「触ってないでしょ。それより血液検査は僕が手配してみるよ」
「ええええっ!?……ダメダメ!……じゃなくて、一週間しかないのよ!?」
「二、三日あればどうにかなるよ多分」
「そんなに早く!?それは困……いや、そうじゃなくて……ひゃあっ!?」
義姉が明らかに胸とは別の理由で動揺し始めたが、恭哉は敢えて指摘はしない。代わりに唐突にあかりの両頬を撫でた。あかりは後方に飛び退いて自分の頬に触れ、それからズレた眼鏡をそっと直した。
「なななに!?」
「ここ何日か、睡眠時間が四時間切ってるでしょ?姉さん、授業中に寝るとか出来ないし、ちゃんと休んでよね」
「だ、大丈夫よ……まずい、と思ったら休むから」
「姉さんが体調がまずいと思ったときには、だいたい手遅れでしょうに。僕に一服盛られたくなかったら、保健室使ってでも休みなさいよ」
「私がサボってたら、他の生徒に示しが……」
「逆でしょ。会長が無理してたら他の生徒まで無理しちゃうでしょ」
「うん……そうよね、分かったわ」
恭哉に左肩から首の後ろ辺りを撫でられながらあかりが頷くと、ちょうど恭哉の狙い通りのタイミングで予鈴が鳴り出した。恭哉は眼鏡ケースを両手で返す。
「ともかく、放課後に生徒会室に行くからさ。その時にまた話そうか」
「う、うん」
「僕は片付けがあるから先に行きなよ。生徒会長が遅れちゃそれこそ示しがつかないでしょ」
「そ、そうね………ああ、どうしよう」
後半は小声で呟きながら、あかりは先に校内に戻っていった。
「さて、と……」
恭哉は望遠鏡の前に戻りもう一度覗き込んだ。いつもなら予鈴と同時に帰る二人なのであまり期待していなかったが、意外にもまたベンチにいた。だが、雰囲気はこの十分ほどの間に随分様変わりしていた。
二人から笑顔が消えていた。涙を堪えているようにも見えなくもないが、俯いており屋上からでは表情は良く分からない。
二人が何を話していたのか、は実は想像がついている。心配ではあるが、今は二人のためにも行動しなくてはならない。
恭哉は望遠鏡を手早く片付けると、スマホを操作して行動を開始した。
謎の人物Xこと、雪町朔夜の正体を隠すために。
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