第345話:ユージュラッドへの帰還②
門の前まで行くと人通りも少なくなってきたが、その代わりに多くの顔見知りが見送りにやって来てくれていた。
「カーザリアのために力を貸してくれてありがとう、アルさん」
「俺も冒険者ですよ? 当然の事をしただけですよ」
リルレイがお礼を口にしてくると、アルは当然だと口にして握手を交わす。
「本当はこのままカーザリアを拠点に活動してもらいたいのだけど……」
「ちょっと! あなた、まーた勝手にアル君を勧誘して!」
不意の発言にもかかわらずリルレイとアルの間に体を滑り込ませたペリナ。
最初にリルレイがアルと接触した時から警戒していた事もあり睨みを利かせていた。
「あら、冒険者は自由ではなくて?」
「自由ですがギルマス自らが勧誘なんて、職権乱用みたいな事は止めてくれませんか?」
「私はそのような事をした覚えはありませんよ?」
「あなたにそのつもりはなくても、そのように捉える者がいるかもしれない、という事ですが?」
「アルさんがそのように捉えているとでも? まさかですよねぇ?」
「私には分かりませんが、そうかもしれない、という事です」
「「…………うふふふふ~??」」
睨み合いを始めてしまった二人を横目に見ていると、別の人物から声を掛けられた。
その人物は門の影に隠れており、見るからにしてお忍びという感じを漂わせている。
「……アル」
「……何をしているんですか、殿下」
「……」
「……ランディ様?」
「……まあ、見送りにな」
殿下と呼んでそっぽを向かれてしまい、こちらも放っておいていいかと思いつつもさすがに無視は失礼かと思い愛称で声を掛ける。
この場にいるのだから見送りにというのは分かるが、それ以外にも理由があるとアルは思っていた……だが。
「他に用事もありますよね?」
「……いや、ないが?」
「……はい?」
「本当に見送りに来ただけだが?」
「……えっと、マジですか?」
「マジマジ。城にいても暇だし、この機会を逃すとアルと会えるのはだいぶ先になりそうだったから来てしまったよ」
自分の立場を考えて欲しいと思っていると、ランドルフの後ろに気配を消したまま立っている人物がいる事に気づいてさらにため息をつく。
「……グレン様まで」
「……よく気づいたな?」
「いや、さすがにランディ様だけではないと思って護衛を探しましたからね。ただ、まさかのグレン様って……」
「ふふふ。アル・ノワールの成長は私も楽しみにしているからな。次に会えるのを楽しみにしていると伝えておきたかったんだよ」
「……ありがとうございます。って言っておきますね」
苦笑しながらそう伝えると、アルは二人に小さく頷いた。
本当は握手を交わしたいところだが、ここでアルが存在を認めてしまうと二人が大勢に気づかれてしまい見送りどころではなくなるだろうと判断しての対応だ。
アルの対応に気づいた二人も小さく頷き、そっとその場から去っていった。
「ア、アル様!」
「ん? あっ、ラジェットさん!」
「お待たせしました!」
息を切らせて走ってきたのは、カーザリアで鍛冶屋を務めているラジェットだった。
その腕には布に包まれた細長いものが抱えられており、アルの目の前まで来るとその包みを差し出してきた。
「まさか、本当に買っていただけるとは、思わなくて……すみませんでした!」
「いやいや。俺も本当に30万ゼルドを稼げるとは思わなかったんで。急にすみませんでした」
慰労会を終えてから数日の間に鍛冶屋を訪れていたアルは、ラジェットにベビードラゴンの鱗を使って打たれた剣の購入を決めていた。
呼び込みのためにガラスケースに入れていた剣だが、突然にアルから購入の一報があり慌てて鞘を仕立てていたのだ。
「いえ、ちゃんと準備しておくべきでした」
「まあ……それは、確かにそうですね」
「はい。魔法競技会でアル様の戦い方を見ておりましたからね」
膝に手を付いて呼吸を整えていたラジェットが顔を上げると、その表情は満面の笑みを浮かべている。
「きっと、アル様たちの戦いを見て剣を買い求めるお客様も増えると思うんです!」
「そうなってくれたら頑張った甲斐がありますよ」
「またのお越しをお待ちしております!」
最後にラジェットとも握手を交わしたアルたちは、予想よりも時間を掛けてカーザリアの門を潜っていった。
だが、その時間は無駄なものではなく、とても有意義な時間だったと誰もが感じていた。
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