第343話:慰労会③

 その後も慰労会は続き、そろそろお開きになると思われたタイミングで思わぬ相手がアルに声を掛けてきた。


「――へ、陛下!? それに、殿下に大隊長まで!!」

「先ほどぶりであるな、アル・ノワールよ」

「やあ、アル」

「殿下、陛下の前ですよ?」


 帰り支度を始めていた冒険者たちの視線が集まり、慰労会に参加していた貴族の代表者たちは耳を潜めて会話を盗み聞きしようとしている。

 そこでグレンが遮音魔法を使うと貴族たちはあからさまに残念そうな表情を浮かべていた。


「……さて、アル・ノワールよ。この度は本当に救われたよ、ありがとう」

「陛下からのお言葉は先ほどいただいておりますのでお気になさらず。それに、私も魔法国家カーザリアの一国民ですし、国の有事に力を貸すのは当然の事かと思っております」

「そう言ってもらえると助かる。……それでだ、アル・ノワールよ。そなたに一つ確認しておきたい事がある」

「確認、でしょうか?」


 わざわざ陛下自らが足を運んで確認したい事に思い当たる節がなかったアルとしては、何を聞かれるのか戦々恐々と身構えてしまう。


「なに、そんなに怖がらなくてもよいぞ。我が確認したい事、それはだな――お主が今後どうするつもりなのかを聞いておきたいのじゃ」

「……私の今後、ですか?」


 予想外の質問に困惑してしまい視線が自然とランドルフへ向いてしまうが、彼も初めて聞いたのか首を軽く横に振っている。

 だが、質問の意図を推測するのは簡単であった。


(陛下は俺が国を出て行かないか、それが心配なのかもしれないな)


 ノワール家は中級貴族ではあるものの辺境の地に本家を構えており、アルの立場は三男という微妙な立場にある。

 将来的に当主になれる立場でもなければ、キリアンにもしもの事があったとしても次に当主となるのは次男のガルボという事で、家に残っていてもアルに大きな旨みはない。――というのが王族や貴族の見方である。

 そして、ノワール家に残らないのであれば取り込みたいと考えるのが彼らの考えなのだが、それを表立って行えない理由が存在していた。


(取り込みたいが、俺が剣術を多用している事で二の足を踏んでいるという事かな)


 ラヴァールやランドルフは剣術だけではなく武術全般をそこまで敬遠しているわけではないが、王妃のミランダや第二王子のラインハルトはそうではない。

 王族内でも意見が分かれている状況から、貴族たちも二の足を踏んでしまう状況が生まれているとアルは推測していた。

 そんな中で自分の思いを素直に伝えていいのか迷わなかったわけではないが、いずれはそうなるのだと考えればいつ口にしても構わないかと開き直ることができた。


「……私は今後、国を出て自らの剣術を鍛えたいと考えています」

「アル!」

「……やはり、そうであったか」

「父上! 分かっていたのですか!」


 焦ったように声を荒げるランドルフとは異なり、ラヴァールは冷静に相づちを打っている。

 その横ではグレンも納得顔を浮かべているが、声が聞こえているシエラやジャミール、レイリアは驚愕していた。


「我が国が何と呼ばれているか、お前にも分かっているだろう?」

「……ま、魔法国家、です」

「そうじゃ。魔法に特化して国力を増加させている我が国において、彼のような戦い方を続けていく事は葛藤を呼ぶだろう」

「しかし、私も父上も今の状況を打開しようと模索しているではないですか! アルはその役目に打ってつけの人材です! 人となりも素晴らしいですし、彼なら私たちの力になってくれ――」

「我らのためにアル・ノワールに犠牲になってもらうと言いたいのか、ランドルフ?」


 ラヴァールはではなくと呼んだ。それはつまり、この場を公的な場所だと認めたようなものだった。


「そ、それは……」

「すまなかったな、アル・ノワールよ」

「いえ……私の方こそ、勝手を言っておりますから」

「……本音を言えば我もそなたの力を借りたいと思っている。だが、それは今ではないとも思っているのだ」

「今ではない、ですか?」

「うむ。お主はまだ若い。魔法もそうだが、剣術もまだまだ伸びていくだろう。しかし、ここでお主の居場所を囲ってしまえば魔法は伸びても剣術は頭打ちになってしまう恐れがある」


 ここまで話を聞いたアルは、ラヴァールが何を言いたいのかを理解した。


「……剣術を極めたその時に、力を貸して欲しいと?」


 アルの推測は正しく、その言葉を受けてラヴァールはニヤリと笑った。


「我も一国の王だ。国の利益を最優先に考えさせてもらった。その中で、お主に何かお礼をと考えた結果が今の内容だ」

「確かに悪くはない内容だと思います。しかし……」


 ラヴァールの言葉に意見するのかとシエラたちは顔を青ざめていたのだが、アルの口から発せられた言葉は彼女たちの予想外のものだった。


「……私は、レオン・ノワールとラミアン・ノワールの息子です。そして、ノワール家は魔法国家カーザリアの中級貴族です。家を出て冒険者になる予定ですが、だからと言ってノワール家とのつながりが消えるとは露ほども思っておりません。であれば、陛下が考えるタイミングで私が力をお貸しするのは当然の事かと考えます」

「……お主に気を遣わずともよいと言いたいのか?」

「その通りです、陛下。それに、私もこの地で多くのつながりを得ております。そのつながりを切って捨ててまで永遠にこの地を去ろうとは考えておりません」


 無礼講の場だからだろう、アルもラヴァールも互いに顔を見合わせて意見を口にしている。

 周囲から見れば不敬だと言われかねないが、ラヴァールがそれを許しているのだから誰も文句は言えなかった。


「……感謝するぞ、アル・ノワールよ。では、連絡手段を決めておかなければならないな!」

「よろしくお願いいたします、陛下」


 思いがけない会談となった慰労会が、本当に幕を下ろしたのだった。

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