第333話:進化する魔獣⑥

 新たな姿に進化した魔獣を見て、レイリアがその名前を呟いた。


「……堕神、デヴォルガンデ」

「堕神だと?」

「……あれが、堕ちた神と言われる、デヴォルガンデ」


 全身を漆黒の皮膚が覆い、額には深紅の一本角が伸びている。

 背中からは二枚の翼が生えているが、角と翼を除けば大柄な人間だと言われてもおかしくはない見た目をしている。

 しかし、開かれた瞼の奥に存在する瞳は深紅一色であり、その視線は確かにアルを捉えていた。


『……貴様からは、汚らわしい神の臭いがする』

「……ヴァリアンテ様の事か?」

『……ヴァリアンテ……あぁ、ヴァリアンテ……ヴァリアンテエエエエェェッ!!』


 アルの言葉に呼応したのか、デヴォルガンデが咆哮をあげると周囲の枝葉が揺れてハラハラと落ちていく。

 ただし、その量が尋常ではなかった。

 半径一キロに迫るだろう距離の枝葉が全て落下しており、中には衝撃波によって粉々になったものまである。

 一番近くに立っていたアルの皮膚も露出されている複数のヶ所の薄皮が切られていた。


「……これは、恐ろしいな」

「逃げましょう、アルさん! こいつは、フェルモニアの比ではありません!」


 悲鳴にも似た声を張り上げるレイリア。

 堕神デヴォルガンデの実力はSランク相当で、ランクだけを見ればフェルモニアと同じである。

 ただし、あくまでもSランク相当というのは冒険者ギルドが定めたものであり、それ以上は全て同じランクで表されてしまう。

 フェルモニアがSランクに指定されたのは、自らが放つフェロモンによって大量の魔獣を率いて来るからである。

 だが、デヴォルガンデは個人の実力だけでSランクに指定されている。

 相対するとなれば圧倒的にデヴォルガンデの方が手強い相手になるのだ。


「……かもしれないが、俺たちが逃げたらこいつはどうなる? さらなる進化を遂げて、本当に手も足も出せなくなるんじゃないのか?」

「……デヴォルガンデが、さらに進化?」


 アルの言葉にレイリアは震えてしまった。

 その様子を見たアルは即座に声を掛けた。


「レイリアはカーザリアに戻って援軍を呼んでくれ!」

「そんな! 私も残ります! 私も――」

「すでにこの戦いは俺たちだけのものじゃない! 恐怖に支配された者は下がるんだ!」

「――! ……分かり、ました!」


 事実上の戦力外通告を受けたレイリアは歯噛みしながら立ち上がりサモンで漆黒の獣を召喚すると、その背に跨って駆け出した。

 その姿を見届けたアルだったが、隣に並び立ったシエラを見て苦笑する。


「お前は大丈夫なのか?」

「当然よ。恐怖はあるけど、支配はされてないわ」

「……死ぬかもしれないぞ?」

「覚悟はできてるわ。まあ、死なないけどね」


 恐怖がないなどあり得ない。アルですら多少なり恐怖を覚えているからだ。

 それでも並び立ってくれるシエラの存在に、アルは確かに頼りがいを感じていた。


『……話は済んだか? ヴァリアンテの眷族よ?』

「眷族ではないが、準備は終わった」


 言葉を介す魔獣の存在にシエラはゴクリと唾を飲み込む。彼女が出会ってきた魔獣の中で似たような存在を見た事がなかったからだ。


『ふん』

「――!? ……な、何かしら? 殺気だけで、私が下がるとでも?」

『ほほう? 面白い女がいるようだな』


 さらに今まで感じたことのない殺気を全身に浴びて一瞬だが気圧されたものの、すぐに持ち直し言葉を発した。

 これだけの行為なのだが、シエラからすると相当の体力を消耗する事になってしまった。


『……まあいい。では、始めようか』

「あぁ、始めよう」

「『殺し合いを!』」


 直後、アルとデヴォルガンデがぶつかり合い周囲の大木が吹き飛んだ。

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