第323話:パーティ部門・決勝戦⑫
アルの視界には千の刃が宙を舞い、迫ってくる光景が映し出されている。
しかし、不思議とその動きはスローに見えており、同時に迫る刃を薄皮一枚犠牲にするだけで回避し、前進を止める事はない。
時に回避不能だと判断した時だけはその身に刃を受けていたが、それでも致命傷や動きを阻害されるような一撃を受ける事はせず、最低限のダメージに止めていた。
「止まれええええええええっ!」
アルが止まらない。その事に気づいたシンの口からは自然とそんな言葉が飛び出していた。
「アースアイアンシールド!」
サウザンドソードを支配下に置きながら、シンは防御も忘れない。
目の前に分厚い土の壁を形成するが、その中に含まれる金属を金属性で操り硬質な壁を形成する。
ただの土壁だと勘違いして剣を振り抜けば衝撃に腕をやられるだろう。
しかし、そんなミスをアルが犯すとは思っていない。少しでも時間を稼ぐことができればと考えての、ネガティブな思考が導いた防御魔法だった。
――ズバッ!
アースアイアンシールドが半ばまで両断される。
剣身がシンの鼻先でピタリと動きを止める。
高速では言い表せない、神速と呼べるだろう速度で振り抜かれた一振りは、アースアイアンシールドがなければシンの胴を容易く両断していただろう。
だが、事実は違う。アースアイアンシールドに阻まれて半ばで止まった。ならばやる事は一つだとシンはアースアイアンシールドに干渉していく。
「硬質化! そのまま剣を捕獲してやる!」
アルディソードの自由さえ奪えばシンの独壇場だ。
サウザンドソードによる全方位攻撃に加えて、命を奪う事のできるデスポイドの攻撃。
これだけの行動制限を受けてしまえば、アルでも多少なり動きは鈍るだろうと考えた。
「俺は、負けられないんだ――え?」
だが、アルはシンの予想を軽々と超えてしまった。
目の前には確かにアルディソードの剣先が見えている。アースアイアンシールドを硬質化して固定もしている。それは間違いない。
しかし、アースアイアンシールドの先で柄を握っているはずのアルが、気づけばシンの真横で居合の構えを取っていたのだ。
「雷の剣」
「くっ! アースアイア――」
その手には何も握られていなかった。
だが、不思議とシンの頭の中では最大級の警鐘が鳴らされていた。
今までの経験から体が自然と動き、二人の間にアースアイアンシールドを作り出そうと反応したのだが――雷の速度に勝る事はできなかった。
身体能力すらも強化されたアルの居合抜きは雷の速度に昇華され、魔力で作り出された雷の剣身がシンの胴を切り裂いた。
「――ぁ」
あまりの速度に切られた直後の痛みは感じなかった。
だが、肉体から脳へ伝わる信号は断絶され、気づけばシンの意識は刈り取られてその場で崩れ落ちた。
何が起きたのか、この場でアルの動きを把握できた者はいない。
だが、試合結果と言う点で見れば勝敗は明らかになった。
「……ま、まさか」
「そういえば、あなたも間者でしたっけ?」
「ひ、ひいぃっ!?」
アルの殺気に当てられた審判は尻もちを付くとそのまま後退りを始める。
直後には控え室から多くの魔法師を引き連れた魔法師隊大隊長のグレンが姿を現した。
突然の事に観客は騒然としている。
「静まれいっ!」
だが、陛下であるラヴァールの一声で観客席は一瞬にして静寂に包まれた。
「ラグナリオン魔法学園の代表者六人が、他国からの間者である事が判明した! 故に、それを捕らえるための部隊である!」
ラヴァールが観客へ説明している間も魔法師隊は審判だけではなく気を失っているシンたちを捕らえていく。
その中でユージュラッド魔法学園の生徒たちは手厚く保護され、意識を保っていたリリーナも女性の魔法師に付き添われていた。
「――アル・ノワール」
唯一冷静に状況の把握に努めようとしていたアルだったが、そこへ一人の人物から声を掛けられた。
「……グレン・ヴォルフガンズ様」
「グレンで構わんよ。我らが突入するまでよく耐えてくれた。……いいや、違うか。勝ってくれた、というべきだな」
グレンの言う通り、アルは単に耐え抜いただけではなく、デスポイドという脅威を目の当たりにしながらもその脅威を跳ねのけて勝利を手にしている。
「……気づいていたんですか?」
「いいや。気づかせてくれたのは、リリーナ・エルドアのおかげだ」
「……リリーナの?」
言われて気づいたのだが、地面に不自然な形で転がっている蔦があった。
「これは、エルドア家に伝わる暗号文らしい。リリーナ嬢が父上に危機を知らせ、その知らせを聞いた陛下が我らを派遣したという流れなのだよ」
説明を受けて、シンがリリーナに対して動くなと牽制していた事を思い出した。
その時点でリリーナは外の人間に状況を伝える方法を思いついており、ジャミールが戦線に復帰したタイミングで迷う事なく動き始めていたのだ。
「……助かりました」
「それはこちらのセリフだ。まさか、ランディの言った通りになるとはな」
「ランディ様の?」
「あぁ。彼はこう言ったんだ。もしかしたら、個人部門とパーティ部門、どちらでも優勝するかもしれません、とな」
「はは。でも、このような状況では意味を成さないのでは?」
アルの言っている事はもっともだ。
辺境の都市とはいえ、一学園に間者が忍び込んでいた。そうなると調べる対象はラグナリオン魔法学園だけではなく全学園が対象となるだろう。
それほどの大事がこれから待っているとなれば、学生が参加している競技会など中止になるのが普通だと考えるはずだ。
「何を言っている。ここでラグナリオン魔法学園がユージュラッド魔法学園を倒していればそうなっていただろうが、今回は違うだろう?」
そこまで口にすると、グレンはアルの右腕を掴み力強く上に伸ばした。
そして、そのタイミングを見計らっていたのか――
「――そして! 今年の魔法競技会は以上となる! パーティ部門の優勝校はユージュラッド魔法学園! アル・ノワールは個人部門との二冠とする!」
グレンとの会話に集中していてラヴァールの話を聞いていなかったアルだが、どうやら話はまとまったようで観客席からは大歓声が降り注いでいた。
「……いいんですか?」
「陛下の決定だ。逆らうなよ?」
お茶目に笑いながらそう口にしたグレンを見て、アルは苦笑しながら左手を上げて観客からの大歓声に応えたのだった。
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