第292話:騒動の後

 ヴォックスたちが宿屋を離れていくと、すかさずアミルダがアルを怒鳴りつけた。


「アル! お前、なんであんな無茶苦茶な提案をしたんだ!」

「ああ言わないと、あいつらは帰りませんでしたよ」

「そうだけど、私も先輩と同意見よ。運営委員に申し立てろ、この一点張りでよかったのよ?」


 二人はそう言うが、アルは全く違うことを考えていた。


「そうかもしれませんが、せっかくの休みをあいつらに壊されたくなかったんですよ。俺だけならいいんですが、他のメンバーも休めなくなりますから」


 肩を竦めてそう口にすると、アルの後ろにはパーティ部門に参加する五名が立っていた。

 アミルダとペリナは何も言い返すことができず、同時に溜息をついてしまう。


「はぁ……本当にすまないね、アル。頼りない学園長で」

「そんなことありませんよ。それに、俺たちが優勝したらまた難癖をつけてくるだろうし、その時はよろしくお願いします」

「もちろんよ。しっかりと対策を立てておかないといけないわね」

「私も協力します、先輩」


 二人はそのまま話し合いを始めてしまったので、このタイミングでアルはリリーナたちへ振り返った。


「というわけで、俺の個人部門の優勝はパーティ部門の優勝に懸かってきた」

「の、望むところです!」

「楽しそうじゃないの」

「僕も珍しく燃えてきたかな~」

「やってやろうじゃないのよ!」

「負けられないわねー!」


 リリーナたちの反応を見て、アルは心の中に温かな感情を抱いていた。

 この中には貴族もいるが、誰も貴族だからと相手を下に見る者がいない。

 貴族らしくないと言えなくもないが、それがアルには嬉しかったのだ。


「だがまあ、今日は休みだからゆっくりと休むことに――」

「せっかくですから、全員で作戦の再確認をいたしましょう!」

「賛成」

「鉄は熱いうちに打てってことだね~」

「そうと決まれば食堂に集まりましょう!」

「いっくぞー!」

「お、おい、お前ら。今日は休みなんだし……って、誰も聞いてないな」


 すでにその気になってしまったリリーナたちは、アルが何を言っても止まることはない。

 こうなればとことん付き合うしかないと判断し、仕方なくアルも食堂へと向かう。

 休みの日の話し合いは、夜まで続いたのだった。


 ※※※※


 通りを進むヴォックスは、ほくそ笑んでいた。

 パーティ部門での勝利を疑うはずもなく、これでパーティ部門の優勝と個人部門の優勝、二つの優勝を手にする事ができると考えたのだ。


(ヘルミーナとノートンの敗戦は予想外だったが、これで全てが予定通りになるだろう。……いや、それ以上だな)


 ヴォックスもアミルダたちの言い分を理解している。

 あのまま話し合いが平行線であれば、素直に運営委員に申し立てを行うつもりでもいた。

 だが、それだけでは個人部門の優勝を覆す事は難しいだろうと思っていたのだが、憎き相手からのありがたい提案を受けてからは心配が歓喜に変わった。


(これで、個人部門の優勝はレイリアになるが、その功績は間違いなく俺様のものになる!)


 実のところ、ヴォックスはラクスフォード家の長男ではあるものの、次期当主の座は怪しいものになっている。

 ヴォックスの人格が問題になっているのだが、その事を本人は自覚していない。

 だが、次期当主の座が怪しくなっている事は理解していたものだから、現当主の父親にこんなことを提案していた。


『――魔法競技会で優勝以上の結果を残せたら、俺が次期当主だと明言してください!』


 この提案を現当主は受諾した。

 魔法の実力は折り紙付きであるヴォックスが優勝する可能性もあったが、現当主はこれで後継者問題が解決するなら問題はないと考えていた。

 これだけが目的ではないが、ヴォックスにはそこまで深く考える余裕はなかった。


(俺様がラクスフォード家の当主になる日も、そう遠くはない!)


 気分よく通りを進むヴォックスの後ろ姿は、自信に満ち溢れていたのだった。

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