第291話:休みの日には騒動が
軽い祝勝会の翌日。
気持ちの良い朝を迎える事ができるかと思われたが、そうはならなかった。
アルは宿屋の外が騒がしいことに気づき目を覚まして窓から覗き見たのだが、そこには見覚えのある顔が三人ほど、多くの取り巻きを従えて声をあげている。
「……お膝元だからって、堂々とし過ぎだろう」
先頭に立っているのはヴォックス、ノートン、ヘルミーナの三人。さらに後方にはカーザリア魔法学園の生徒と思われる面々が数多く集まっている。
「あいつは……こいつらとは違うってことだな」
その中にレイリアの姿がないのを確認すると、アルは不思議と安堵の息をついていた。
教師陣が何かしらの対応をしてくれるだろうと考え、アルは少しばかり早い目覚めになったものの、いつもと変わらずに着替えを済ませて一階へ向かう。
すると、ある程度は予想通りの光景を目にすることになった。
ただ、なぜある程度なのかと言えば、対応しているのがアミルダとペリナの二人だけだからだ。
「……おはようございます」
「あぁ、すまないな、アル。起こしてしまったか」
「昨日の試合で疲れているのに、ごめんなさい」
「いえ、それはいいんですけど……他の教師の方々はどうしたんですか?」
周囲を見渡しても他の教師の姿はなく、気配も感じられない。
まさかと思い質問を口にしようとしたのだが、その前にアミルダから答えが返ってきた。
「あいつらはユージュラッドに帰ったらすぐにクビだよ、クビ!」
「相当怒っていますね。ですが、その言い方だとやはり?」
「そうだよ! あいつら――自分たちの仕事は終わったとか書き置きを残して、夜中の内にユージュラッドへ帰っていったのよ!」
人として生徒を置いて教師が帰るというのはどうかと思うが、貴族として見ればこれくらいの勝手は許されるということなのだろうか。
だが、学園を預かるアミルダの様子を見るに、人としての部分を見ているのだろうと察した。
「それで、ヴォックスたちはなんと言っているんですか?」
「アルの戦い方は反則であり、優勝の栄誉を返上しろ。だそうよ」
「反則ですか。もしそうなら、試合中に審判が判断する事でしょう。彼らがルールではないのですから」
「その通り! だから私は真正面から論破してやろうって言ってるんだが、ペリナが止めるのよ!」
「先輩が口だけで終わるとは思えないから止めているんですよ!」
「……確かに」
「アルまでそれを言うのか!?」
三人が騒いでいると、二階から他の面々も降りてきた。
全員が外の騒動に気づいており、どうするのかと見守っていたのだが――
――バンッ!
業を煮やしたヴォックスたちが宿屋の扉を乱暴に開けて入ってきてしまった。
「貴様ら! 私を無視するとはいい度胸じゃないか!」
無視をしていたわけではないが、ヴォックスからすると誰も外に出てこないのだから、勘違いしても仕方がなかった。
「抗議は魔法競技会の運営委員に申し立てしなさい。こちらに言われても何も対応はできないわ」
「貴様らから返上すれば済むことだ!」
「こちらから言える事は一つだけ。運営委員に申し立てなさい。これだけよ」
「どこまでもラクスフォード家を愚弄するか!」
ここで家の名前を出す辺り、やはり貴族だと言わざるを得ない。
だが、家の名前を出されたとしてもアミルダが口にする言葉は変わらない。
「別に愚弄するつもりはありません。魔法競技会の結果に対する訴えであれば、運営委員に申し立てなさいと言っているだけです。そこからの進言であれば、私たちも話を伺います。そのうえで話し合いの場を設けて、納得する話を頂ければ検討しましょう」
「剣術を持ち出したのだ、その時点で反則であり、話し合う余地などない!」
「もしそうなら、どうして審判はあの場で反則を主張しなかったんだ?」
ヴォックスとアミルダの言い合いに参戦したのは、張本人であるアルだった。
「本当に反則であれば、あの場でそう言っていれば即座にレイリアの優勝が決まっていただろう。それを審判がしなかったということは、あれは反則ではなかったということだ」
「き、貴様! まだそのような事を言うか!」
「審判が決めた事は、魔法競技会の運営委員が決めた事でもある。ヴォックス様は、運営委員に文句を言っているのと同じ事をしているんですよ? ですからヴォレスト先生は、運営委員に申し立てをしろと言っているんです」
「黙れ! そこまで言うなら、ここで決着をつけてやろうか!」
頭に血が上ったのか、ヴォックスの右手が魔法装具へ伸びる。
それを見たアミルダとペリナがアルの前に立ちはだかろうと立ち位置を変えたのだが――
「なら、賭けをしないか?」
アルは二人の間から前に出ると、そう提案する。
「賭け、だと?」
「あぁ。パーティ部門でカーザリア魔法学園が優勝したら、俺は個人部門の優勝を返上しよう。だが、そちらが優勝しなければ俺も返上はしない」
アルの提案に、ヴォックスはニヤリと笑う。自分たちが優勝することを疑っていないのだ。
「だが、俺たちが優勝したらユージュラッド魔法学園の宿屋に押し入って来た事を、観客がいる前で謝罪してもらうぞ」
「いいだろう! ならば、俺たちが優勝したなら貴様にも謝罪を口にしてもらうぞ、アル・ノワール!」
こうして、朝の騒動がひと先ずは終わりを迎えたのだった。
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