第288話:個人部門・決勝戦④

 三体に増えたファントムウッドゴーレムの気配を感じ取り、アルは内心で溜息をつく。

 二体までは想定に入れていたのだが、それ以上は想定外。疾風飛斬だけでは全てを押し返すことができないと判断を下す。

 そして、そうなった時のための対処についても頭の中に入っていた。


「届いた!」


 レイリアがそう口にした時である。


 ――ザンッ!


 鋭い太刀筋と共にアルディソードが間近に迫っていたファントムウッドゴーレムを斬り捨てる。

 しかし、黒い靄を浴びてしまったアルにはさらなる状態異常が付与されてしまう。


「これで私の勝ちね。……? ど、どういうこと? これは、いったい?」


 勝ちを確信してから数秒後、レイリアから疑問の声が漏れてきた。

 足元のふらつきと眩暈、そしてさらなる状態異常。元々の二つも悪化するはずの黒い靄だが、アルはその場に立ったまま動かず、倒れることもなければ、よろけることもない。


「何が、どうなって……くっ!?」


 困惑の最中に放たれた疾風飛斬をアースウォールで防いだレイリアだったが、そのせいで一瞬ではあるものの視界からアルが見えなくなってしまう。

 すぐにアースウォールを消すと、元いた場所にアルは立ったままだ。


「……や、やりなさい、ファントムウッドゴーレム!」


 額には汗が浮かんでおり、先ほどまでの余裕はどこにもない。


(いったい何を企んでいるの? ……いいえ、何を企んでいたとしても、私は負けないわ! 私こそが、最強だもの!)


 両手両足、そして首を刎ねられた一体は再生不可能となり、残る二体がアルへと迫る。

 すでに間合いは詰まっており、二体になったからといって疾風飛斬だけで対応できるものではない。


「マリノワーナ流剣術――流線弧閃りゅうせんこせん


 動きが切れることなく、流れるような連撃を放つ流線弧閃。

 当然ながら、こちらもアルディソードでファントムウッドゴーレムを斬ることになる。

 二体目の両手両足と首を同様に斬り落としたが、黒い靄がアルを包み込んでしまう。

 今度こそはとレイリアは勝利を確信するものの、やはりアルは立ったまま動くことはない。

 困惑が晴れないまま最後の一体がアルへと襲い掛かったが、こちらもアルディソードの前に倒されてしまった。


「……私の闇属性はレベル5なのよ? それに耐えられる魔法装具を、持っているというの?」


 ならば、おかしなことがある。

 元から耐えられるのであれば、最初のふらつきと眩暈すら効かないはずだが、そちらは効いている。

 レイリアは思考をあらゆる方向へと巡らせた結果――自分にすらできないとある方法へと辿り着いた。


「……ま、まさか、そんな。あなた、魔力操作で?」

「ご明察だ。魔力を放出しなければ問題ないからな。アルディソードも体の一部と見なして、自分の魔力で覆ったのさ」


 魔力を留まらせているので放出とはならず、その密度が濃いために黒い靄を弾き返していた。

 理論上は可能な方法だが、それをするにはレイリア以上の魔力が必要であり、それだけの魔力を留めておくだけの技術が必要となる。

 となれば、アルの魔力がレイリア以上だということが確定し、さらに魔力操作でも上手だということも確定した。


「……だからといって、私の負けが確定したわけではないわ!」

「もちろん、その通りだ。だが――俺のやりたいことは完了したぞ?」

「くっ!」


 ファントムウッドゴーレムを倒されてしまい、焦りを感じていた。

 だからこそ、なぜ闇属性レベル5に耐えられたのかという方向へ思考が移ってしまった。

 それは同時に、アルに時間を与えてしまったということでもある。

 闇属性の魔力を体内から追い出したアルは、瞼を開いてレイリアを見据えた。


「さあ、楽しもうか!」

「……えぇ、そうね。私もここまで楽しい試合は初めてだもの!」


 魔力が尽きそうだとしても、それが降参に値するかといえばそうではない。

 特にレイリアはカーザリア魔法学園で多くの者から冷遇されてきた。

 立場で言えばアルと似たような立場なのだが、レイリアは学友にすら恵まれなかったのだ。

 だからこそ、全力で戦い、それを受け止めてくれるアルとの試合は楽しかった。

 終わらせたくないと思ったが、レイリアにも勝たなければならない理由がある。

 それはヴォックスに言われたから――ではない。

 カーザリア魔法学園の代表に選んでくれた、学園長のためにも。


「決着をつけましょう!」

「あぁ。本気の試合をしてな!」


 個人部門の決勝戦は、佳境に差し掛かった。

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