第289話:個人部門・決勝戦⑤

 レイリアは残りの魔力を気にする様子も見せずに魔法を放ち始めた。

 正面から、上から、左右から、地面から。アルに攻撃の隙を与えないようにするつもりなのだろう。

 しかし、状態異常から回復したアルは舞台上を縦横無尽に動き回り、アルディソードを振るい、魔法で相殺することでレイリアの魔法が届くことはない。

 それは闇属性も同様であり、状態異常から回復してからは常に魔力で体を覆っている状態を保っている。


 だが、そこまでしてなおレイリアの懐に潜り込むことができないでいる。

 魔法の弾幕が激しいせいもあるが、間合いを詰めようとした瞬間に視界がぐらりと歪んで見えることがあるのだ。

 十中八九闇属性の魔法が発動されているのだろうと推測しているが、アル自身が状態異常になっているわけではなかった。


(空間に闇魔法を発動させて、視界を捻じ曲げているわけか)


 事実、このぐらつきはアルだけではなく観客にもそのように見えていた。

 長時間直視していた者の中には酔ってしまい席を外す者も現れたが、多くの者はそれでも席に留まっている。

 その理由は当然ながら、決勝の行く末を自分の目で確認するためだ。

 戦いに目が肥えている者から見れば、決着がつくのはもうそろそろだと分かっていた。

 だからこそ、席を立つことなく、酔いを押し殺しながら舞台上を見つめている。


「疾風飛斬!」

「アースウォール!」

「ウッドロープ!」

「対策済みよ!」


 疾風飛斬は分厚いアースウォールに阻まれ、地面を進ませていたウッドロープはレイリアの同じ魔法に阻まれる。

 足を止めると魔法の弾幕が集中してくるので常に動き続けているアルは、軽く舌打ちをしながらさらに加速した。


「負けないわ!」


 そして、動き始めると再び魔法が周囲にばらまかれる。

 逃げ続ければ勝てるだろうが、そのような勝ち方をアルは許容しない。

 真正面から打ち砕き、勝利を手にする。

 ならばどうするべきか――アルは可能な限りの魔力をアルディソードに注ぎ込んでいく。

 何かを企んでいることに気づいたのか、レイリアは鋭い視線をアルに向けて弾幕がさらに激しいものに変わった。


「……そろそろ、終わらせるぞ」

「やれるものならやってみなさい!」


 気合いのこもった声を張り上げるレイリア。

 だが、アルは至って冷静に周囲を観察し、闇魔法の範囲を認識し、アルディソードに注ぎ込んだ魔力を開放した。


「キュアライトサークル」


 光属性レベル2の魔法であるキュアライトサークルは、状態異常を回復させる魔法である。

 魔法装具の力を借りて発動させた魔法だが、闇属性レベル5を打ち消せるだけの効果はない――普通であれば。

 しかし、アルディソードにはアルの魔力が大量に注ぎ込まれている。

 製作者が普通の魔法装具師であれば壊れてしまうくらいに注ぎ込まれた魔力だったが、それに耐えられるように作り上げたのは、魔法装具師として有名なベル・リーン。

 その渾身の作品であるアルディソードだからこそ、大幅に増幅された光魔法と大量の魔力によって、空間に作用させていた闇魔法を打ち消してしまった。


「そ、そんな!?」

「終わりだ」


 驚愕と同時に聞こえてきた声は、レイリアのすぐ目の前から聞こえてきた。

 視線をやや下に向けると、アルディソードの柄を握りしめているアルの姿がある。

 まるでスローモーションになったかのような動きを見つめながら、刀身がレイリアの腹部を捉えた。


 ――キンッ!


 いつの間にかアルはレイリアの後方に立っており、アルディソードを鞘に納める。

 音が会場に響くのと同時に、レイリアの膝が崩れ落ちて前のめりに倒れ込んだ。


「試合終了! 個人部門の優勝は、ユージュラッド魔法学園――アル・ノワール!」


 勝利者の宣告が行われると、アルの予想とは異なる反応が返ってきた。


「アル様ー!」

「優勝おめでとう、アルー!」


 聞き慣れたパーティメンバーの声に、他の面々の声も聞こえてくる。


「なかなか派手な試合になったじゃねえか!」

「これだよ、これこれー!」

「てめえ、ずっと手加減してやがったなー!」


 そして、ずっと罵詈雑言を投げつけていた観客からも、祝いの言葉とは異なるかもしれないが友好的な声も聞こえてきた。

 これにはアルも少しだけ苦笑を浮かべてしまったが、次に視線を向けた先を見て、表情は笑みに変わる。


「アルー! よくやったぞー!」

「やると思ってたぞー!」

「アルお兄様! おめでとうございます!」


 キリアン、ガルボ、アンナが声を枯らせる勢いで声をあげていた。

 レオンとラミアン、そしてブリジットは笑顔で拍手を送り続けている。


「……良い試合だった」


 そして、最後にはレイリアに視線を向けると、アルは頭を下げてから舞台を下りたのだった。

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