第283話:個人部門・準決勝④

 観客席からの反応は、場所ごとに対照的だった。

 ほとんどの観客が歓声を上げることなく唖然としていたのに対して、リリーナたちの席やノワール家が集まっている場所では歓声があがる。

 アルとしてはブーイングの嵐になるだろうと思っていたので、少しばかり拍子抜けだ。

 しかし、これらの反応には理由があった。

 それは昨日、ヴォックスがアルを問い詰めている時に通りかかったランドルフの存在だ。

 あの場面をたまたま見かけた観客の一人が知り合いに伝え、その声をたまたま耳にした近くの観客が知り合いに……そうして噂が広がっていった。

 その噂の内容はといえば――第一王子がアル・ノワールを贔屓している、というものだった。

 聞く者によっては、第一王子がアルを勝たせようとしている、と取る者もいるかもしれない内容に、多くの観客たちが困惑していた。

 個人の感情を優先させるのであればブーイングを飛ばしたいのだが、噂が本当であれば第一王子の不興を買う可能性もあるということで、声をあげることもなく唖然とするだけに終わったのだ。

 そして、第一王子に視線を向けてみると笑顔で拍手をしている姿があり、それもまた多くの観客が口を閉ざした要因にもなっていた。


「……く、くそったれがあっ!」


 そんな中、一人の人物だけは恨み節を漏らしていた。

 観客席にいないその人物はランドルフの反応を、観客たちの反応を見れていない。

 だからこそ、自分の思い通りに事が運ばないことに苛立っていたのだ。


「あれを呼んで来い、ヘルミーナ」

「えっ?」

「あれを今すぐ呼んでくるんだ! このままあいつが優勝するなど、断じて――」

「ノートン先輩、負けたんですね」

「――!」


 怒鳴り声をあげていたヴォックスは気づいていなかった。

 冷静に試合を見つめていたヘルミーナですら、ドアが開いて誰かが入室したことに気づいていない。

 物音を立てることなく、完全に気配を消して、その人物は入ってきた。


「レイリア! 貴様、絶対に決勝に進出しろ! そして、あいつを叩きのめしてやるんだ!」

「……」

「何を黙っている! いいか、負けは許さんからな!」


 怒鳴るだけ怒鳴ったヴォックスが大股で控え室を後にすると、ヘルミーナも少しばかり逡巡した後、続いて歩き出した。

 残されたレイリアは控え室に入ってからずっと無表情だったが、逆側の控え室に戻るアルの後ろ姿が遠くに見えると、小さな笑みを浮かべた。


「……私には関係ないわ」


 そう口にしたレイリアは、壁にもたれて準決勝第二試合の準備ができるのを待つのだった。


 ※※※※


 控え室を出ると、そこには意外な人物が待っていてくれた。


「お兄様!」

「あの、アル様、お疲れ様です」

「わざわざ出迎えに来てくれたのか、アンナ。それに、ブリジットも」


 ノワール家の長女で末っ子であるアンナと、取り潰しになったフットザール家唯一の生き残りであるブリジット。

 しかし、ブリジットは平民の母親から生まれた子供ということで、フットザール家からは忌み子として酷い仕打ちを受けていた。

 スタンピード騒動の最中にも見捨てられてしまったブリジットをアルが助けて以来、ノワール家が世話をしていたのだ。


「席にいるって言ってたんですけど、私が連れてきたんですよ!」

「だって、ご迷惑になると思ったんです!」

「あはは。迷惑だなんて思わないし、むしろ嬉しいよ。ありがとう、ブリジット」


 ブリジットをノワール家で見ると決めた当初は、今までストレスのはけ口にされていたこともあり、なかなか信用するに至らなかった。

 しかし、ラミアンや同い年のアンナが声を掛け続けたことで、徐々に自分から話をしてくれるようになっていったのだ。


「明日が決勝ですね、お兄様」

「あぁ。だが、決勝戦は今までみたいにはいかないだろうな」

「そうなんですか? 先ほどの方が、今年の優勝候補って言われていたみたいですけど?」

「……そうなのか?」


 ブリジットの言葉にアルは首を傾げてしまった。

 一般的に見れば、昨年に好成績を収めてシード権を得ているのだから優勝候補に挙げられるのも当然なのだが、実際に対峙したアルからするとあり得ないことだった。

 さらに言えば、アルが注目しているレイリアではなくノートンが優勝候補だと言われて、疑惑は膨らむばかりなのである。


「は、はい。ですが、アル様にとって敵ではなかったみたいですね」

「去年だったら、優勝できたかもしれないな」

「今年だって大丈夫ですよ!」

「どうかな。さっきも言ったが、決勝戦は今までみたいにはいかないよ。きっと、レイリア・アーゲナスが勝ち上がるだろうからな」

「「……レイリア・アーゲナスですか?」」


 開会式で感じた雰囲気を知らない二人は顔を見合わせている。

 だが、すぐに向き直り激励の言葉を掛けた。


「お兄様が言うなら、そうなんでしょうね。明日も応援していますから、頑張ってください!」

「わ、私も、応援しています!」

「ありがとう、二人とも」


 お礼を口にしながら二人の頭を優しく撫でると、三人はレオンたちがいる席へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る