第284話:個人部門・準決勝⑤
アルは楽しみにしていた。
というのも、久しぶりにレオンやラミアンとゆっくり話ができると思っていたからだ。
カーザリアに来てから顔を合わせたのも個人部門二日目、それもヴォックスと言い争いをしている時だったのでちゃんとした話はできていなかった。
「アルお兄様をお連れしました!」
「あれ? みんなもこっちに来ていたんだな」
家族だけがいると思っていたのだが、そこにはリリーナたちの姿もあった。
「キリアン様が呼びに来てくれたんだよ」
答えてくれたのはフォルトさんだ。
キリアンとフォルトは、ガルボのパーティに入って助けて欲しいとお願いをされていた仲である。
フォルト自身もキリアンの人となりに共感を覚えたからこそカーザリア魔法学園に入学し、そのお願いを受けていた。
「あちらでアルの戻りを待っているだけでは、時間がもったいないと思ってね」
「実は、家族水入らずのところにお邪魔していいのかとお断りしたのですが……」
「リリーナさんは気にし過ぎなんですよ」
少しばかり緊張しているリリーナにキリアンは笑いながら答えているが、緊張しているのは何もリリーナだけではない。
キリアンがユージュラッド魔法学園で成し遂げた偉業は全生徒が知っていると言っていいだろう。
シエラ以外の全員が、緊張を顔に出していた。
「ね、ねえ、シエラ」
「どうしたの、クルル?」
「あなた、緊張しないの?」
「緊張? ……しないけど?」
「……凄いわね」
シエラからするとキリアンの存在を知らないのも大きいが、アルの方が規格外過ぎて他の人に緊張するということがほとんどなかった。
「アル。準決勝はなかなかの試合だったんじゃないか?」
「ありがとうございます、父上」
「うふふ。でも、あまり相手を叩きのめすのは褒められたことじゃないわよ? 心が折れてしまえば、将来的に魔法師として役に立たなくなるかもしれないからね」
レオンもラミアンも、ノートンがヴォックスの取り巻きだということを知らない。
だからか、相手の将来についての心配を口にしている。
「ですが、ノートンはヴォックスと一緒になって俺を罵っていた相手なんです。なので、できる限り叩きのめしてしまおうと――」
「「ならば良し!」」
アルの言葉を受けて、ラミアンは自らの言葉をあっさりと否定した。
「そういうことなら、もっと徹底的にやってしまってもよかったんじゃないの?」
「そうだな。死なないにしても痛覚はあるんだ。腕や足を一本ずつ焼いたり、落としたり、アルならばもっとやりようはあっただろう」
「……えっと、さすがにそこまでは。ラクスフォード家自体が手を出す可能性も出てくるので」
さらに徹底的にやるべきだと口にし始めると、アルの方が止めに入る事態になった。
「ふん! カーザリアの貴族だからと、私が怖気づくと思っているのか?」
「あなたなら、相手が上級貴族であっても、王族であっても、徹底的に戦うでしょうね」
「いや、王族相手はさすがにダメでしょう!」
常に冷静なレオンとは思えない発言に、アルが慌てて口を挟む。
その横でキリアンは笑っているのだが、一緒になって止めて欲しいと心の中で思うアルだ。
「まあ、冗談は置いといてだ」
「冗談ですよね! そうですよね!」
「当り前だろう。我らは王を守る役目を担っているのだからな。……明日がついに決勝だな、アル」
いたずらっ子のような笑みを浮かべていたレオンだが、すぐに真剣な表情に変わって問い掛けてきた。
その表情を見て、アルも背筋を正しながら返事をする。
「……はい」
「相手はノートンやヴォックスと同じカーザリア魔法学園の代表選手だ。……正直、決勝の相手が一番の強敵になるだろう」
「分かっています。彼女、レイリア・アーゲナスからは、他の選手とは異なる雰囲気を感じていますから」
「ならば良い。油断していないのであればな」
ニヤリと笑ったレオンを見て、アルは苦笑を返す。
「アル。私たちはあなたを信じているわ。剣術を出したとしても、私たちは声援を送り続けます」
「母上」
「ですから、本気で戦い、その実力をこの場にいる全員に見せつけ、優勝をその手にするのです」
普段は笑みを絶やすことがないラミアンが、笑みを消してまで真っすぐにアルを見つめながらそう口にする。
そして、その期待にアルが応えないわけがない。
「分かりました。俺の全てをもって、優勝を手にしたいと思います」
パーティ部門もある。全てを晒すのは二部門の優勝を目指すには不利に働く可能性もある。
だが、そんなことは関係ない。
「個人部門だけではなく、全てを出し切ったうえで、パーティ部門でも優勝したいと思います」
アルの宣言に、満足気な表情を浮かべたレオンとラミアン。
そして、アルの背中を見つめていたアンナとブリジットは尊敬の眼差しを注いでいたのだった。
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