第280話:個人部門・準決勝

 魔法競技会の個人部門は、ついに準決勝に入っていく。

 準決勝と決勝は日を跨いで行われるので、アルは一試合のみとなる。

 しかし、相手はノートンということもあり、一応の警戒はしていた。


「それでも、一応なんだね、アル」

「まあ、ヴォックスの取り巻きだからな。ヘルミーナもあの程度だったし」

「アル様、なんだか悪い顔になっていますよ?」


 クルルとリリーナがそのように口にするものの、アルに自覚はない。

 ただし、一応の警戒はしているので、昨日はカーザリアに戻ってからすぐに休んでおり、気力は充実している。


「ノートンはシード権を獲得していた。ということは、前回の魔法競技会で優秀な成績を修めたということよ?」

「そんな相手に一応って、さすがはアル君だねー」


 シエラとジャミールも呆れ顔だ。


「今日もご家族が見ているのですよね、アル様?」

「あぁ。恥ずかしい試合はできないな」


 昨日は観客席で見つけることはできなかったので、見られているという実感はなかった。

 しかし、今回はすでに観戦していると連絡を貰っている。

 当然ながら、気合は十分に入っていた。


「一瞬で片付けるんじゃないわよー?」

「アル君ならやりそうだけどねー」

「その未来しか僕には見えないかなー」


 フレイアとラーミアとフォルトは苦笑しながらそう口にする。

 三人の言葉にアルはニヤリと笑いつつ、一度だけ大きく深呼吸した。


「……よし。それじゃあ、行ってくるよ」


 全員と拳を合わせたアルは、表情を引き締めて舞台へと向かった。


 ※※※※


 逆側の控え室では、ノートンがイスに座り、まぶたを閉じて集中力を高めていた。

 その前にはヴォックスとヘルミーナが立っているのだが、ヘルミーナは浮かない表情を浮かべている。


「……いつも通りにしてくれないか、ヘルミーナ」


 いつの間にかに目を細く開けていたノートンが、ヘルミーナを見ながら口にした。


「……す、すみません」

「……まあ、いいさ。過去の産物を用いた相手に負けたのだから、仕方ない」

「――! ……くっ」


 四回戦でアルに敗れたヘルミーナは、目を覚ましてから悔しさが込み上げてきた。

 そして、医務室のベッドで泣きはらしたところへヴォックスがやって来たのだ。


「まさか、第一王子があのような輩に懐柔されているとは思わなかった。だからこそ、ここで叩きのめさなければならん!」

「もちろんです、ヴォックス様」


 彼らは自分たちが正しいのだと信じている。

 だからこそ、第一王子がヴォックスではなくアルの肩を持ったことが不満でならなかった。

 それこそ、一緒にいるヘルミーナが負けたこと以上に不満だった。


「あれは役に立たん。準決勝に残ったのも、あちらの山が弱い代表者しかいなかったからだろう」

「でしょうね。そうでなければ、あれが勝ち上がれるとは思えません。ヘルミーナも、あちらの山だったらよかったのにな」

「……は、はい」


 歯噛みしながら返事するしかできないヘルミーナを置いて、二人は話を進めていく。


「いいか、ノートン。決勝戦は、カーザリア魔法学園で決めるぞ」

「もちろんです。まあ、それにはあれが勝ちあがる必要もありますがね」

「そうだな。全く、学園長がどうしてあれを代表にねじ込んだのか、理解できんよ」


 先ほどから二人にと呼ばれているのは、カーザリア魔法学園のもう一人の個人部門代表者、レイリアのことだ。

 彼らは知らない。レイリアの本当の実力を。

 そして、レイリアの試合を一度も見ていないので知る術も持たなかった。


「さて、そろそろ舞台に向かう時間じゃないか?」

「そのようですね。私の全てを持って、アル・ノワールを叩きのめしてやります」

「……よろしくお願いします、ノートン様」

「任せろ。お前の不手際だが、僕が尻拭いをしてやろう」

「……あ、ありがとう、ございます」


 立ち上がったノートンの視界にはヘルミーナの姿は映っていない。

 映っているのはヴォックスの姿と、舞台へ繋がる廊下だけ。

 一人で廊下を進み、舞台が見えてくる。

 すでに舞台の上に立っているのは、対戦相手であるアルだった。


「絶対に、ぶっ倒してやる!」


 誰にも聞こえないその呟きが、ノートンの気合いの表れだった。

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