第277話:個人部門・二日目③

 四回戦を終えて、アルは控え室を出て廊下に移動した。

 すると、そこには怒り狂った表情のヴォックスが待ち構えていた。


「貴様! 由緒ある魔法競技会において、過去の産物を持ち込むとはどういうことだ!」


 そう、これは競技会であって、剣術を見せる場ではない。

 しかし、魔法剣も立派な魔法なのだとアルは思っているので文句を言われる筋合いはなかった。


「あれは俺が編み出した魔法、魔法剣だ」

「あんなものが魔法だと! あり得ない、あり得ないだろう! そもそも、魔法を編み出すなど、貴様のような下賤の輩にそんなことができるはずがない!」

「実際にできた。ヴォックス様の目の前で起きたことだ。あなたは、自分の目を信じられないとでも言いたいのですか?」

「き、貴様ああああああぁぁっ!」


 一触即発の状況だったが、そこへ第三者の声が聞こえてきた。


「アル君! 素晴らしい試合だったじゃないか!」

「あなたは――」

「ラ、ランドルフ殿下!?」


 現れたのは、カーザリア国の第一王子であるランドルフだった。

 その後ろにはキリアンがおり、さらにレオンとラミアンが続いている。

 ヴォックスはすぐに片膝を付いて首を垂れたのだが、アルはどうしたものかと思案顔だ。


「お疲れ様、アル」

「派手にやってくれたものだな」

「よくやったわね、アル!」


 そんな時にレオンたちからも褒め言葉を貰い、アルは恥ずかしそうに笑う。

 だが、それだけで終わる状況ではなく、ランドルフは首を垂れているヴォックスに声を掛けた。


「君は確か、ラクスフォード家の長男、ヴォックス・ラクスフォードで間違いないかな?」

「は、はい! その通りでございます!」

「そうか……それで、ヴォックスはアル君に何をしていたのかな?」


 アルとヴォックスで呼び方が異なることに、ヴォックスは困惑していた。

 どうして自分が呼び捨てであり、下賤な輩が君付けなのかと。


「こ、ここにいるアル・ノワールが、過去の産物である剣術を用いたことに、異議申し立てをしていたところです」

「へぇ……過去の産物、ねぇ」

「恐れながら、ヴォックス様。私の弟であるアルが用いたのは、魔力を刀身の形にした魔法剣というものであり、過去の産物ではございません」


 ランドルフの後方から歩み寄ってきたキリアンが助け舟を出す。


「貴様、今は私がランドルフ様と話をしているのだ! 自分の弟可愛さに割り込むとは、どういう了見か!」

「ほほう……貴様こそ、自分の立場を弁えた方がいいのではないか、ヴォックス・ラクスフォード」

「……えっ?」


 片膝を付いたまま顔を上げると、ランドルフが怒りに満ちた表情を浮かべて見下ろしていることに気づき、再び首を垂れる。


「彼は私の同僚であり、友人であり、親友でもある。そして、彼の見立て通り、私の目から見ても、アル君が最後に放ったのは魔力の塊、つまり魔法だ」

「……くっ!」

「まあ、実際に過去の産物と呼ばれている剣術を見せたとしても、貴様程度が異議申し立てをしていいわけがない」


 首を垂れているから誰にも見られていないが、この時のヴォックスの表情は憤怒にまみれていた。


「……はい」

「それで、他に言うことはないのかな?」

「……申し訳、ありません、でした!」


 喉の奥から無理やり絞り出したかのような声で謝罪を口にしたヴォックスは、立ち上がるとランドルフにだけ頭を下げて、足早にその場を去っていった。

 振り返る直前、横目でアルを睨みつけていったのはお約束のようなものだ。


「……ご面倒を掛けてしまい申し訳ありませんでした、ランディ様」

「いいんだよ。それに、さっきも言ったけど、あれは本当に魔法だからな」

「……でも、刀身の形をしていましたよ?」

「なんだ、アル君がそんなことを言うのかい?」


 楽しそうに笑っているランドルフを見て、アルは問題ないのだと理解した。


「だが、これからの試合は歓声よりも罵声が飛び交うことを覚悟した方がいいかもしれないな」

「まあ、私たちはいつでもアルの味方だけどね」


 レオンが助言し、ラミアンは笑顔で大丈夫だと口にする。


「昨日はごめんね、アル。ちょっと王城で話があって、観戦することができなかったよ」

「いいんです、キリアン兄上。昨日の試合は、その……あまり面白くありませんでしたから」


 控え室を出た時はどうなるかと思ったが、結果としては二日目も何事もなく終えることができてホッとしていたアルなのだった。

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