第276話:個人部門・二日目②
魔法競技会二日目は、個人部門四回戦までが行われる。
そして、相手は順当に勝ち上がってきたカーザリア魔法学園のヘルミーナ。
舞台上で腕を組み、アルを見下ろすように――ではなく、見下すようにこちらを見ていた。
「本当に勝ち上がってこれるとはね」
「これでも、努力はしていますから」
「凡人が努力をしたところで、これ以上は無理よ。何せ、私のような天才が努力を重ねているのだからね!」
高笑いをしているヘルミーナを冷静に見据えながら、アルは舞台に上がる。
自分が無視されたと思ったのか、ヘルミーナは高笑いを消すと、忌々しそうに睨みつける。
「あなた、本当に気に喰わないわ!」
「そうか? いたっていつも通りなんだがな」
「……絶対に、殺してやるわ!」
「自動治癒があるから、殺すことはできないが?」
「うるさい! 審判!」
「は、はい!?」
「さっさと試合を始めなさい!」
八つ当たりが飛び火した審判に噛み付き、ヘルミーナは再びアルを睨みつけた。
「実力差を、見せつけてあげるわ!」
「楽しみにしておこう」
「し、試合――開始!」
開始の合図と同時に、ヘルミーナの魔法が炸裂する。
しかし、単なる魔法ではなく、それはアルが三回戦で見せた魔力融合だった。
「ファイアボルト!」
「アースウォール!」
直線軌道では随一の速度を誇るファイアボルトだが、それはあくまでも発動されてからの話であり、魔力融合を完了させるまでの時間には実力差がある。
ヘルミーナの魔力融合は、アルのそれよりもわずかながら劣る。
そして、アルはそのことをヘルミーナの魔力の動きから感じ取っていた。
「そんなもので防げると思っているのかしら!」
「あぁ、思っているよ」
単属性の魔法と複数属性の魔法では、当然ながら複数属性である魔力融合の方が込められる魔力量も多くなり、威力も高くなる。
しかし、どのような魔法が放たれるか分かれば、単属性の魔法であっても対処はできる。
アルの場合は込められた魔力量で予測を立て、さらにどれだけの魔力を込めれば防ぐことができるかを推測していた。
――ドオオオオンッ!
ファイアボルトとアースウォールが激突し、舞台の中央に爆煙が立ち昇る。
爆発の余波から逃れようと後方へ下がったヘルミーナだったが、その表情は笑みを浮かべていた。
「全く。瞬殺だなんて、つまらないものね」
「誰が瞬殺だって?」
「――! ウッドスパイラル!」
声が真横から聞こえたことで、ヘルミーナは即座に心の属性である木属性を発動させる。
左側の舞台が一瞬で森と化し、大木に埋め尽くされて人の子一人入れなくなる。
これで、森に押し出される形で正面から飛び出してきたアルを叩く、そのつもりだった。
「……これで終わりなの?」
「まさか」
「ちいっ! こっちなの!」
アルの声は変わることなく、ヘルミーナの左側――森の中から聞こえてきた。
大木が鋭い切れ味の何かで伐採され、その何かがそのままヘルミーナに迫っていく。
そのことに気づいたヘルミーナは舌打ちをしながら飛び退き、舞台の端へ移動する。
だが、これはアルの予測の中で最もヘルミーナが打ってはいけない悪手だった。
「そこ、的になるぞ?」
「何を言って――えぇっ!?」
驚きの声をあげたヘルミーナの眼前では、同時に四つの魔法が展開されていた。
「ファイアボール、ウォーターカッター、ウッドロープ、アーススピア!?」
「さて、どう避ける?」
「くっ! ふざけないで!」
正面、左右、足元の四方向から攻撃が殺到し、ヘルミーナは歯噛みする。
しかし、この程度の逆境はすでに経験済みだ。
「舐めないでちょうだい!」
今度は自らの周囲にウッドスパイラルが展開され、全ての魔法を受け止める。
木属性が火属性を防ぎ切るだけでも相当な魔力量が注がれているのだが、それがヘルミーナの敗因の一つになった。
「それ、一度伐採されてるけど?」
「くっ!」
大規模なウッドスパイラルを二回、それも短時間に発動したことで魔力が大量に失われている。
四方向から来る魔法を防いだことで、一瞬の安堵も判断を鈍らせてしまったかもしれない。
爆煙に紛れて放たれたシルフブレイドが大木を伐採し、そこからアルが飛び込んでいく。
左右、そして上も自らのウッドスパイラルで塞がれてしまい、逃げ場はない。
「真正面から仕留めてみせるわ!」
「いや――もう終わっているよ」
「何を言って――!?」
ヘルミーナが言い終わる前に、その言葉は途切れてしまう。
ここに至り、アルは初めて刃を抜いた。
その刃は、シルフブレイドに紛れて投擲されており、ヘルミーナの心臓に突き刺さっていた。
「……こんなのって……あり……なの?」
「実際にありみたいだな」
目の前に着地したアルは、魔法剣で顕現させた刀身を消失させる。
そして、地面に倒れたヘルミーナを確認した審判が、試合終了を告げた。
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