第274話:謎の対応

 宿屋に戻ってきたアルは、ペリナからの怒声を覚悟していた。

 いくらリリーナが言い繕ってくれたとしても、冒険者ギルドに向かったことに変わりはないのだから。


「戻りました」

「アル君! ……はああぁぁぁぁ。無事でよかったわ」

「……スプラウスト先生?」


 しかし、何故かものすごく心配されていたようで首を傾げてしまう。


「クルルさんから聞いたわよ。冒険者ギルドのギルマスに連れて行かれたって!」

「……あの?」

「ここのギルマスは美人で、篭絡されてないかって不安だったのよ!」

「ろ、篭絡って」


 いったいどんな報告をしたのかと、アルはクルルへ視線を向ける。

 目が合ったクルルは舌を出しながらニヤリと笑い、すぐにそっぽを向いてしまった。


「……いえ、俺もスプラウスト先生の言いつけを守らずに冒険者ギルドに顔を出してしまいましたから」

「いいの、無事ならいいのよ! ……ちなみに、本当に篭絡されてないわよね?」

「大丈夫です」

「拠点をカーザリアに移すとか言わないわよね?」

「……あり得ないですよ。家がユージュラッドにあるんですから」

「ちょっと! その間は何よ! その間は!!」

「本当に大丈夫ですから!」


 カーザリアは王都であり、冒険者のあこがれの場所である。

 しかし、アルは自分が学生であり、レオンとの約束で学業に専念することも決まっている。

 拠点を移すということは、その約束を反故にしてしまうということにつながるのだ。


「そうよね。……うん、そうよ! よかったわー!」


 そう口にしたペリナはさっさと入口から自分の部屋へと戻っていく。

 何が起きたのかいまだに理解できていないアルは、そのままクルルとリリーナが待っている場所へ足を向けた。


「なあ、スプラウスト先生はどうしたんだ?」


 事情を知っているだろう二人へ真っ先に声を掛ける。


「ペリナ先生が言っていた通りよ」

「辺境の都市からは、若い冒険者がどんどんと流出しているようなのです」


 話を聞くと、ユージュラッドではそこまでではないが、他の都市ではリリーナが口にしたことが多く起きているのだとか。

 特に学生が集まる魔法競技会の時にカーザリアの活気に当てられ、卒業後にもそうだが、すぐにでも居を移したいと考える若者が多いらしい。


「貴族が多いんだろう? さすがにそれは難しいだろう」

「もちろん、当主を継ぐだろう長男とか次男は違うけど、三男以降の子弟は多いみたい」

「アル様は三男ですし、すでに冒険者として登録もしていますからね」


 カーザリアに拠点を移す下地が、アルには完全に出来上がっていたのだ。


「それは、心配されるわな」

「……それとですね、アル様」


 苦笑するアルだったが、次に口を開いたリリーナが何故かとても言い難そうにこちらを見ている。


「どうしたんだ?」

「その……クルル様から聞きました。カーザリアのギルドマスターが、とても美しい方だったと」

「スプラウスト先生も口にしていたが……まあ、そうだな」


 好みとかではなく客観的な意見としてそう口にしたアルだったが、リリーナにはそのように映ってはいなかった。


「やっぱり、そうなのですね……はぁ」

「ん? 本当にどうしたんだ、リリーナ?」

「いいえ、なんでもございません。……はぁ」

「いや、そんなに溜息をつかれたら気になるんだが?」

「本当になんでもありませんから!」

「……は、はい」


 何故かリリーナから怒声を浴びてしまい、アルは口を開けたまま固まってしまい、そんなアルを置いてリリーナは部屋へ戻っていってしまった。


「……えっと、クルル?」

「全く。あんたはどうしてそんなに鈍いのかしらねぇ」

「お、俺のせいなのか!?」

「誰がどう見てもそうでしょうに」


 どうしてそうなるんだ、と言いたそうな表情を浮かべているが、肩を竦めたクルルも部屋に戻ってしまう。

 その場に一人残されたアルは、しばらくその場で固まったまま動けなかったのだった。

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