第272話:依頼達成とギルドマスター

 カーザリアに戻ってきた二人は真っすぐに冒険者ギルドへ向かい、討伐証明と素材を提出して買い取ってもらう。

 査定に僅かばかり時間が掛かったものの、今回はアルに絡んでくる者は一人もいなかった。

 一人くらいは文句を付けに来る者もいると予想していたアルとしては肩透かしを食らった気分だが、その理由が向こうからやって来た。


「――あなたがアル・ノワールですか?」


 緑髪が腰まですらりと伸びた、見目麗しい女性が声を掛けてきた。

 細く長い瞳に見据えられた男性なら、多少なり見惚れてしまうはずなのだが――


「そうですが、そちらはどなたでしょうか?」


 アルは特に気にした様子もなく、淡々と問い返す。


「失礼しました。私はカーザリア冒険者ギルドのギルドマスターを務めております、リルレイ・レレリーナと申します」

「ギルドマスターでしたか。……それで、俺に何かご用ですか? もしかして、昼の騒動で何かペナルティとか?」


 ギルドマスターが声を掛けてくる理由がそれくらいしか見つからず、アルはどうしたものかと思案する。

 だが、リルレイはニコリと微笑みそうではないと口にした。


「ジラージとは古い仲でね。彼が認めたあなたを一目見ておきたかったのよ」

「……はあ」


 何とも要領を得ない答えに、アルは気の抜けた返事をすることしかできない。


「もし良ければ、少し話をしませんか? お連れの方もご一緒で構いませんよ?」


 クルルは今回も冒険者ギルドの入口で待っている。

 一緒にいるところを見られていたのかと、気配を察せなかったことに内心で驚いていた。


「……聞いてきます」

「ありがとう」


 だからなのか、アルはリルレイという人物と言葉を交わしてみたいと考えた。

 周囲からは即答しなかったことに驚きのリアクションがあったが、アルはそのことに全く気づいていない。


「クルル、ちょっといいか?」

「……綺麗な人ね」

「ん? あぁ、あの人か。どうやら、ここのギルマスらしい」

「……えっ! ギ、ギルマス!? 昼の一件ってこと?」


 同じ思考へ行きついたようで、アルは苦笑しながらリルレイからの提案を説明した。

 女性から見ても綺麗なリルレイの提案なのだから、クルルも同行すると口にすると思っていたアルだが、その答えは異なっていた。


「アルに話があるんでしょう? 私は遠慮しておくわ」

「それじゃあ、俺も断って――」

「ダメよ! アルは将来、冒険者になるんでしょう? ここで顔を売っておくのも大事じゃないかしら?」


 クルルの言うことは理解できる。

 しかし、何もすぐに冒険者として活動をするつもりはない。

 今回はたまたま欲しい剣を見つけて、その資金繰りのために依頼を受けていただけだ。


「ペリナ先生には上手く言っておくわよ」

「……いいのか?」

「もちろんよ。いつまでもアルにおんぶに抱っこじゃダメだしね」

「……助かる」


 その場でお礼を口にすると、クルルが討伐した魔獣の報酬よりも少しだけ多く手渡し、その場で別れた。


「あら、よかったのかしら?」

「えぇ。どうやら、遠慮してくれたみたいです」

「……うふふ。良いご友人をお持ちなのね」

「……? えぇ、まあ、そうですね」


 言葉の意味が理解できず、ここでもやや気の抜けた返事になってしまう。

 そのままリルレイの案内で二階へ案内され、通された先は――ギルドマスターの部屋だった。


「どうぞ」

「失礼しま……す?」


 アルは驚いていた。

 リルレイは見た目だけはとてもクールで格好良いお姉さん、といった雰囲気を持っている。

 事実、男性だけではなく女性からも人気が高い。

 しかし、通されたギルドマスターの部屋はイメージとは真逆のレイアウトが施されていた。


「……ピンクで、可愛い系が、たくさん?」


 カーザリア冒険者ギルドでも、リルレイに近しい一部の人物しか知らない事実。

 イメージに関わることなので隠したいと思うはずだが、リルレイは気にするそぶりも見せずにソファに転がっていたウサギのぬいぐるみを膝に乗せて腰掛けた。


「どうぞ」

「……あー、えっと……はい」

「うふふ。驚きましたか?」


 アルの反応を見て、リルレイは慣れたように問い掛ける。


「……正直、驚きました。もっと実用的な配置や落ち着いた雰囲気の部屋を想像していたので」

「人前に出る時と、一人の時では誰しもが違うものよ。あなたもそうでしょう?」


 そう口にされて、アルは確かにその通りだと納得し素直に腰掛ける。


「それで、話というのは何なのですか?」

「単に、世間話でもと思ったのよ」

「……それだけではないように思いますが?」


 笑みを崩さないリルレイだったが、アルは纏っている雰囲気から本題は別にあると考えている。

 そして、その考えは正しかった。

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