第271話:アルの企み④

 最後に残されたブルファングだが、こちらは先の二匹とは実力が大きく異なる。

 同じFランクではあるものの、Fランクの上位と下位という位置付けだ。

 そのせいもあり、アルはブルファングだけは自分が倒すと決めていた。


「ブラックウルフの特殊個体よりも強いのかしら?」

「それはないと思うが、あの時はリリーナもいたからな。単独で討伐させるのは、さすがに気が引ける」


 先の二匹ならともかく、巨大で力も強いブルファング相手では、実力的に問題はないと分かっていても警戒は必要だ。

 冒険者であればまだしも、依頼とは関係のない人間が戦い、イレギュラーが起こってしまっては遅いのだから。


「……そろそろ、見えてくるぞ」


 アルがそう口にしてから十歩ほど進むと、ブルファングが四匹、地面の水溜まりを舐めているところだった。


「……隙だらけね」

「だが、見た目とは違って機敏な動きをするからな。全部を一撃で仕留めることにしよう」


 オールブラックを握り、魔法を発動させようとした時である。


「……ねえ、アル。一匹だけ、残してくれない?」

「何を今さら」


 ブルファング討伐だけはやらせないと、最初の段階で説明している。

 そこに異を挟まなかったのだから納得しているものとばかり考えていた。


「ホーンマウスにグリーンバード。二匹を倒したら、力試しをしたくなったのよ」

「命を危険に晒してまでやることではないと思うが?」

「逆よ、逆」

「……逆?」


 クルルの言葉が理解できずに聞き返すと、苦笑しながらその意味を教えてくれた。


「アルがいるから、安全なのよ。イレギュラーがあったとしても、対処できるだろうしね。私しかいなかったら、そっちの方が危ないもの」


 理由を聞いて、アルは溜息をついたものの、確かにその通りだと納得もしていた。


「……分かった。それなら、一番奥の個体を残すから、そいつが突っ込んできたら倒してくれ」

「逃げたら?」

「それまでだ」


 そこは譲らないと言わんばかりにきつい視線を向けられ、クルルも頷くしかなかった。


「それじゃあ、気を取り直して――ウォーターアロー!」


 素早く魔法を発動させたアルだったが、ウォーターアローがアルの周囲に顕現する様子は見られない。

 何故なら、アルが顕現させたウォーターアローは、ブルファングが舐めている水溜まりから顕現したのだ。


『――グルガッ!?』


 完全に意表を突かれたブルファングは頭蓋を、首を、胴体を貫かれていく。

 ほとんどが即死であり、胴体を貫かれた個体だけがいまだに苦悶の声を漏らしていた。


「奥の個体、来るぞ」


 そして、宣言通りに手を出さなかった一番奥の個体が咆哮をあげて、アルとクルルの下へ突進してきた。


『グルオオオオオオオオッ!』

「火属性だけが、取り柄じゃないんだからね――ウッドロープ!」


 アルやリリーナのように卓越した操作はできないが、それでも多少の足止め程度なら木属性を発動させることはできる。

 ブルファングの進行方向にウッドロープが線を張り、四肢を躓かせると特大の火属性魔法が発動された。


「これでも食らいなさい――メガフレイム!」


 立ち上がろうとしているブルファングめがけて、自分よりも巨大な火の玉が迫っていく。

 その瞳には、何が見えていたのだろうか。

 アルの目からは、ブルファングが体を震わせたところまでは見えたのだが、直後には火柱を上げて爆発し、その肉体を飛び散らせていた。


「…………ふぅ。どうよ、アル!」

「どうも何も、これじゃあ素材が取れないんだが?」

「……あっ!」


 ユージュラッド魔法学園のダンジョンで注意されたことをすっかり忘れていたクルルは、ブルファングを完全に吹き飛ばしてしまっていた。

 体毛や皮はもちろん、食料となる肉の部分ですらちぎれ、焦げ付き、跡形もない。


「まあ、俺の提出分はすでに確保しているからいいけど、ブルファングに限って言えば、クルルに渡せる報酬はないからな?」

「……そ、そんなああああぁぁ!?」


 愕然としているクルルに対して嘆息しながら、アルはさっさとその場を離れていく。


「ちょっと待ってよ、アル! もう一匹、もう一匹探しましょう! 今度は上手くやるからさ!」

「時間がない。それに、近くにはもう魔獣の気配はないよ」

「ああああぁぁ……私の、臨時収入がああああぁぁ!!」


 商家の娘なのにどうして手持ちが少ないのかと気になったアルだが、そこは家の事情なのだろうと問い掛けることはしない。

 そもそも、そんなことをすればブルファングを探すのだと言って聞かなくなることくらい、理解していたのだった。

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