第269話:アルの企み②
冒険者ギルドから出てきたアルに、クルルは大きな嘆息をする。
「ねえ。あれって大丈夫だったの?」
あれというのは、もちろんアルがぶん投げた髭面の男性のことだ。
多くの眼がある中での騒動である。髭面の男性が仲間を伴い報復に来る可能性も少なくはないだろう。
「あの程度なら問題ないだろう。実力的には、クルルにも劣るような奴だしな」
「私より? まさか、それはないでしょう?」
自分が単なる平民だと思っているクルルは否定を口にするが、アルに言わせてみれば魔法学園に通っている時点で優秀であり、アルが指導しているのだから実力が向上しているのは当然のことだった。
「火属性に関して言えば、クルルはそこら辺の冒険者以上の実力を持っている。そこに魔法装具が加われば……考えるだけ無駄だろう?」
現在、クルルの手元には魔法装具店を営んでいるベル・リーンが作成した魔法装具がある。
魔法装具があればレベルが一つ上がると言われているが、魔法装具師として有名なリーンの作品ともなればさらにその上をいくことだろう。
火属性レベル3のクルルが使うとなれば、レベル4以上の魔法も使えるようになり、魔法操作の熟練度によってはレベル5の魔法も使えるようになるはずだ。
「私はそうは思わないけどなぁ」
しかし、これを本人に伝えたとしても納得はしてくれなかった。
クルルが比べている相手がアルなのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「せっかくだし、クルルも魔獣を狩ってみるか?」
「えっ、そんな危ないことしたくないんだけど?」
「その分の報酬は渡すけど?」
「……その時に考えさせてもらってもいいかしら?」
「了解だ」
現金な態度にアルは苦笑するものの、それでこそ商家の人間なのだろうと思えば納得できるものだった。
「それじゃあ、行くか」
自然な笑みに変わったアルがそう口にすると、クルルも横を歩いてカーザリアの門を潜ったのだった。
※※※※
――一方、魔法競技会の会場に残されたリリーナは、肩を落としたままシエラとジャミールのところへ戻ってきていた。
「お帰りなさい、リリーナ。……アルとクルルはどうしたのかしら?」
「ヘルミーナの試合はまだ続いているのに、来なかったのかい?」
「それが――」
リリーナは二人にアルたちとのやり取りについて説明した。
偵察をお願いされていた二人が話を聞いて不快に感じるかもしれないと思ったが、正直に話しておくべきだと判断した。
そして、二人の反応はというと――
「まあ、アルだしね」
「そこで冒険者ギルドに行くなんて、普通は考えないよねー」
極々普通の、いつも通りの反応だった。
「……あの、怒ったりはしないんですか?」
「どうして?」
「その、お二人に偵察をお願いしているのに、いなくなってしまったんですよ?」
「それは、僕たちのことを信頼してくれているってことじゃないかなー」
何気なく呟かれたジャミールの言葉に、リリーナはハッとした。
「……確かに、アル様はお二人のことをとても信頼されていますからね」
「いや、違うんじゃないかしら?」
「えっ?」
信頼という言葉を鵜呑みにしたリリーナだが、シエラは苦笑しながら否定した。
「単純に、あの剣が欲しかっただけでしょう?」
「……だよねー!」
「えっ? あの……えっ?」
シエラの言葉にあっさりと先ほどの発言を否定して、ジャミールも笑いながら同意を示す。
「だって、アルよ? 私たちが思考を読もうだなんて、無理な話なのよ」
「そうだよー。それに、アル君がそこら辺の魔獣に負けるとも思えないし、冒険者ギルドで絡まれたとしても返り討ちにするだろうしね」
「……そういうもの、なのですか?」
「「そうそう」」
すでにアルを制御することを諦めているかのように、二人は同時に頷いた。
その様子に口を開けたまま固まってしまったリリーナだが、自分の中でもしっかりと考えたのか、大きく溜息をつきながらシエラの隣に腰掛けた。
「……そうですね。アル様ですものね」
「リリーナは一緒に行きたかったんでしょう?」
「はい。ですが、バレないように皆様と何食わぬ顔で一緒にいて欲しいと。埋め合わせはするからと、言われたのです」
下を向いてしまったリリーナに、ジャミールは明るい声でこんな提案をした。
「それじゃあ、その埋め合わせとやらで、アル君にリリーナちゃんが一番欲しいものをねだったらどうだい?」
「……私が一番欲しいもの、ですか?」
「そうそう。こういう時にでも、アル君を困らせてみたらどうだい?」
「そうねぇ。手始めに、デートに誘うとかはどうかしら?」
「デ、デデデデ、デートですか!?!?」
勢いよく頭を上げたリリーナの顔は、真っ赤になっていた。
「いいんじゃないの? ……まあ、負けないけど」
ぼそりとそう呟いたシエラの言葉は、リリーナには聞こえていなかった。
しかし、隣でのほほんとしていたジャミールはしっかりと耳にしており、内心で楽しんでいたのだった。
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