第268話:アルの企み

 本日の試合は二回戦までなので、アルの出番は終わりだ。

 舞台上から横を見ると、ヘルミーナはまだ試合をしている。

 このまま観客席に上がって見てみたいとも思ったが、そこはシエラとジャミールに任せることにした。

 控え室を出ると一回戦と同様にリリーナとクルルが待っていてくれたのだが、アルは小声でこれからの予定を口にした。


「すまないが、冒険者ギルドに行ってきてもいいか?」

「……アル様、もしかして?」

「ペリナ先生からもダメって言われたよね?」

「いや、そうなんだが、どうしても欲しいんだよなぁ」


 ラジェットの店で見たベビードラゴンの鱗を使って作られた剣。

 魔法装具ではないものの、純粋な剣技を極めるには必要となる一振りだとアルは直感的に感じていた。


「どうしても欲しいの?」

「あぁ、欲しい」

「……はぁ。まあ、アルがヘルミーナって奴に負けるとも思えないからね」

「えっ! あの、クルル様!?」

「……いいのか?」


 まさかクルルから許しが出るとは思っていなかったので逆に聞き返してしまったアルだが、目の前に人差し指を立てられて条件を付きつけられた。


「ただし! 私も一緒に行くわ!」

「……も、もっとダメですよ、クルル様!」

「どうしてそれが条件になるんだ?」


 慌てているリリーナとは異なり、アルは条件の理由が気になった。


「アルだけだと、どんな無茶をするか分からないもの。私がいたら、守りながらになるから無茶はしないでしょ?」

「……一人でも無茶をするつもりはないと言ったら?」

「信用できないわね。オークロードと戦ったり、フェルモニアを単独討伐したり、無茶のオンパレードじゃないかしら?」


 ぐうの音も出ない内容に、アルはしばらく考えたのちに、大きく息を吐き出した。


「……はぁ。分かった、それでいいよ」

「ちょっと、アル様!」

「リリーナも黙っていてくれな」

「お願いね、リリーナ」


 アルが困ったように、クルルが悪戯っぽくそう口にする。


「そ、それなら、私も連れて行ってください!」

「それはダメだ。二人もとなれば、さすがに守り切れると言い切れない」

「それに、パーティでいなくなったらすぐにペリナ先生にバレちゃいそうだし、リリーナは何食わぬ顔でみんなと一緒にいてちょうだい」

「そ、そっちの方が追及されてしまいますよ!」


 無茶苦茶なことを言っていると理解しているのか、クルルはさらに悪戯っぽく、舌を出しながら笑うと歩き出してしまう。


「すまんな、リリーナ。この埋め合わせは必ずするよ」

「よろしくね、リリーナ!」

「……もう! 知りませんからね!」


 リリーナの声を背中で聞きながら、アルとクルルは魔法競技会会場を後にした。


 ※※※※


 今の時間は昼を少し回ったところ。

 昼ご飯を食べるために戻ってきている冒険者も多く、冒険者ギルドは少しばかり混みあっている。

 アルは依頼が張り出されている掲示板に目を向けると、いくつかの討伐依頼に目星をつけて窓口へと向かう。


「すみません、少し伺いたいことがあるんですが」


 窓口に立っていた職員に魔獣の情報を仕入れ、それからカーザリア周辺ですぐに狩れるだろう依頼だけを受ける。


「……一度に三つの依頼を受けるのですか?」

「はい」

「……ですが、Fランクですよね?」

「はい」

「……その、大丈夫なのですか?」

「大丈夫です」


 そんな感じのやり取りをしていると、突然後ろから野太い声を掛けられた。


「おいおい、小僧。冒険者を舐めているのか?」


 大柄な髭面の男性は、アルの肩に手を置くと力を込め――ようとした。


「ここは小僧が来るところじゃあ――うおあっ!?」


 だが、アルが力が込められるより前に素早く移動したことで、髭面の男性は前のめりに倒れそうになる。


「一応、実力を認められて、ユージュラッドのギルドマスターからの推薦を得て冒険者になったんです。ギルドマスターの顔に泥を塗らないためにも、舐めて依頼を受けるなんてことはしませんよ」

「……ふざけやがって!」


 後ろを取られたことが気に障ったのか、髭面の男性は拳を握りしめながら振り返ると、そのまま腕を振り抜いた。

 アルは嘆息しながら首を横に倒して紙一重で回避すると、素早い身のこなしから腕を掴み、腰で相手の体を持ち上げると、そのまま背負い投げを決めて床に叩きつけた。


「ぐはあっ!?」

「綺麗に投げたので、痛みは少ないでしょう?」


 ざわつき始めた周囲をよそに、アルは再び窓口の職員に向き直る。


「それで、依頼は受けられるんですか?」

「は、はははは、はい! 大丈夫です!」

「ありがとうございます。それと、お騒がせしてすみませんでした」


 最後には丁寧に頭を下げると、アルは入口で待っていたクルルの元へ向かい、冒険者ギルドを後にした。


「――……ユージュラッドのギルマスから推薦、ねぇ」


 アルと髭面の男性の会話を聞いていた一人の女性が、そんなことを呟いた。

 すでにアルは冒険者ギルドを離れているので知る由もないが、この後に髭面の男性がその女性にこっぴどく怒鳴られ、冒険者ランクを降格させられていたのだった。

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