第266話:個人部門②

 個人部門が始まり、各舞台上で試合が開始される。

 初日は二回戦まで行われ、二日目で四回戦まで、三日目の午前に準決勝、休憩を挟んだ午後に決勝が行われる。

 実力者が集まる魔法競技会ということで、実力が拮抗し時間が掛かる試合が多い中、いくつかの試合では一瞬で決着がついたところもあった。

 一つ目はヴォックスの取り巻きであるカーザリア魔法学園のヘルミーナが範囲魔法で相手を場外へ吹き飛ばした。

 二つ目は同じくカーザリア魔法学園のレイリアが一発の魔法で意識を刈り取る。

 他にも三つの試合で一分以内の決着を見たのだが、その中にはアルの試合も含まれていた。


「ウッドロープ」

「ぐえぇぇ……ご、ごう、ざんだぁ!」


 魔力操作の差が、魔法発動の速さに違いをもたらした。

 開始の合図と同時にお互いが魔法を放ったが、アルの魔法は1秒未満で発動して相手を縛り上げた。

 試合時間は10秒も掛かることなく、観客も注目していなかったのか、早すぎて呆気に取られていたのか、歓声すら上がらなかった。


「……なんだか、肩透かしだな」


 各学園の実力者が集まっているのだから、ユージュラッド魔法学園で行ったトーナメントよりも多少は手ごたえはあると思っていた。

 しかし、ふたを開けてみれば瞬殺である。

 たまたまかもしれないが、剣術を使わずとも倒せるのであれば実力者とは言えないだろうと思ってしまう。


「アル様、初戦突破おめでとうございます!」

「余裕だったわねー!」


 控え室から出ると、リリーナとクルルが待っていてくれた。


「まあ、たまたまだろうな」

「次の試合の相手も、アルなら問題なさそうだったわよ」

「はい。隣の舞台だったので見えていましたが、きっと勝てます!」

「そうか」


 そっけない返事を聞いて、二人はクスクスと笑ってしまう。


「……どうしたんだ?」

「いいえ、予想通りの反応だと思いまして」

「アルなら、手ごたえがないなー、とか思ってるんだろうなって、話していたのよ」

「なるほどな。まさにその通りだよ」


 そんな会話をしていると、廊下の奥の方から人影が三つ、近づいてきた。


「あらあら、偽の英雄様はずいぶんと余裕なのねぇ」

「実力を過信するのは、感心しないなぁ~」


 同じ山にいるヘルミーナとノートン、その後ろにはヴォックスがいる。

 個人部門への参加はヘルミーナとノートンの二人で、ノートンはシード枠なので一回戦は試合がなかった。


「ヘルミーナ様とは、四回戦で当たりますね」

「あら、次とその次の試合に勝てると、本当に思っているのね」

「俺は優勝するつもりですから」

「へぇ~。僕たちに勝つつもりだなんて、さすがは偽英雄様だねぇ~」


 ヘルミーナとノートンも、ニヤニヤと笑いながら挑発してくる。

 相手がクルルなら乗ってしまったかもしれないが、アルは冷静に受け流していた。


「俺は俺です。英雄とかなんとか、そういうのはよく分かりませんね」

「ふん。いい気になっていられるのも四回戦までだ。ヘルミーナは強いぞ。俺が認めているくらいだからな」

「あ、ありがとうございます、ヴォックス様!」


 恋する乙女のような瞳でヴォックスへと振り返りお礼を口にするヘルミーナ。

 その横でノートンは肩を竦めている。


「さて、それでは俺たちはそろそろ行くとしよう」

「邪魔よ、どきなさい」

「それでは、失礼しますね~」


 いつの間にか先頭に立っていたヴォックスを追い掛けるようにして二人も去っていった。


「……い、いったい何なのよおっ!」

「お前が怒るなよ、クルル」

「そうですよ、クルル様。アル様なら、問題なく勝てますから」

「それは分かってるけどさあ! なんかムカつくのよ!」


 怒り心頭のクルルを宥めるようにリリーナが声を掛ける。

 一方でアルは去っていくヴォックスの背中を眺めていた。


(……うーん、やっぱりレイリアの方が強そうなんだよなぁ)


 開会式でも、カーザリア魔法学園の先頭に立っていたのはヴォックスだった。

 レイリアは最後尾であり、他の代表者とも距離を取っていたように見受けられた。


(レイリアと、他の代表者との間に、何か溝でもあるんだろうか)

「どうしたのですか、アル様?」

「どうせ余計なことでも考えていたんじゃないの?」

「余計なことってなんだよ。そうだ、貴族派の二人がどうだったか知ってるか?」


 試合に出ていたアルは他の結果を知らない。

 先ほどの様子からヘルミーナが勝ち上がったのをようやく把握した程度だ。

 何気なく口を衝いた質問だったのだが、二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。


「「瞬殺でした」」

「……はい?」

「10秒持たなかったんじゃないかしら」

「アル様の試合が終わってから目を向けたのですが、すでに終わっていたんです」


 その答えにアルは廊下に張り出されていたトーナメント表に視線を向ける。


(一人はレイリアが相手だったのか。もう一人の方は……あー、そういうことか)


 至極納得したアルは大きな溜息をついた。


「相手がレイリアとヘルミーナだったのか」

「アルが注目する相手と、あの嫌味な女が相手じゃあ、仕方ないわよね」

「悔しいですけど、ヘルミーナ様の実力は本物のようです」

「いや、あいつらが相手じゃあ本物かどうかは、まだ分からないんじゃないか?」


 厳しい意見を口にしたアルは、二回戦が始まるまで時間を潰すことにした。

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