第255話:宿

「――うぅぅ、ペリナ、怒ったら、あんなに怖いのねぇ」


 先頭を歩くアミルダは肩を落としながら呟いている。

 そのすぐ後ろにはペリナが続いており、腰に手を当ててアミルダの背中を睨みつけていた。


「……スプラウスト先生、怖かったな」

「……怒らせないようにしなきゃね」


 Fクラスのアルとリリーナは、小声でそんなことを口にしている。


「みんなー。そろそろユージュラッド魔法学園の宿に到着するよー」


 どこか元気がない声でアミルダが声を掛けてきた。

 現在のアルたちは、会場を後にして宿に向かっている。

 宿は各学園ごとに分けられており、一つの宿に他の学園の代表が泊まることはない。

 過去に代表者同士が問題を起こしたことも多々あり、三年前からこの形が出来上がった。


「キリアン兄上が代表として参加した時には、問題ばかりだったらしいからな」

「あら? 私は問題も大歓迎よ?」

「僕は遠慮したいかなー。いつでもどこでも、ゆっくりしたいからねー」


 好戦的なシエラとは異なり、ジャミールは苦笑しながら両手を軽く上げている。


「ちょっと、問題は起こさないでよね! 問題の火消しに走らされるのも教師だし、私なんだからね!」

「……す、すみません」


 アミルダが文句を言われ続けていた光景が思い出されたのか、振り返ったペリナの言葉に、強気なシエラですら素直に謝罪を口にした。


「他の子もそうだからね! 特にアル君!」

「お、俺ですか!?」

「ノワール家の名前は王都でも広まっているの。スタンピード騒動の時からね」

「……それ、俺のせいじゃなくないですか?」

「そうだけど、各学園はアル君のことを調べ上げているわ。一年次のFクラスだということも知られているはずよ」

「あー、それはあれですか。俺の実力を下に見て、フェルモニア討伐も父上やキリアン兄上の手柄を譲られたものとか、そんな感じで思われていると?」

「そういうことよ。突っかかられることが多くなると思うから、気をつけるようにね!」


 今のペリナはとてもピリピリしている。

 アミルダに文句を言えたので多少はスッキリしているものの、それでも怒りは収まっていない。

 面倒事を押し付けられた事実は、なかなか完全にスッキリはしないものだ。


「……はぁ。早く宿に到着したいよ」


 今の状態では全員がピリピリしたままになってしまう。

 ペリナには申し訳ないが、リラックスするためにも早く一人になりたいと考えてしまうアルなのだった。


 そして、数分後にようやく宿に到着した。

 アミルダは当然ながら、アルたちも大きく息を吐き、ペリナだけが何食わぬ顔で宿に入っていく。


「「「「「「「……つ、疲れたぁ」」」」」」」


 ペリナの姿が見えなくった途端、全員がそう口にした。


「ヴォレスト先生、どうにかしてくださいよ?」

「わ、私にどうしろと言うのよ?」

「どうもこうも、ほったらかしにしたのは先生なんですから、どうにかしてください」

「……はぁ。私も疲れているのよ? 先に向かったのだって、王様に呼ばれていたからなんだし」


 王命であれば仕方がないのだが、ペリナがそれを知っていたのかどうかも問題だ。


「それ、ちゃんと説明してますか?」

「してないわよ? 私に来た王命だもの」

「……スプラウスト先生は、理由もなく、面倒を押し付けられたと思ってますよ?」

「……だよねぇ~」


 再び肩を落としてしまったアミルダが先に歩き出し、追い掛ける形でアルたちも進んでいく。

 宿の外見は石積みで迫力があったものの、内装は木造りのカウンターや棚など、とても温かみのある造りになっていた。


「……なんだか、ホッとしますね」

「そうね。私も好きだわ」


 リリーナの言葉にフレイアが同意を口にする。

 他の面々も口には出さずとも、その表情は外にいた時よりも落ち着いたものになっているので、二人と同じ感覚だろうというのは明らかだった。


「昨日ぶりだね、アミルダ!」

「今日からよろしくね、ロザンヌ」


 気安く声を掛けてきた宿の女性は、アルたちにも快活な笑みを向けて出迎えてくれた。


「私はこの宿屋の主人で、ロザンヌ・サーリアだよ!」

「私の古い友人で、今年はユージュラッド魔法学園のためにお願いしたんだ」

「さあさあ、今日は疲れただろう。部屋に戻ってゆっくりしなよ!」


 ロザンヌは一人ひとりに鍵を手渡し、部屋の場所を素早く伝えていく。

 それだけでも客を早く休ませたいという気持ちが伝わってきた。


「良い宿ですね、ヴォレスト先生」

「だろう? ここに泊まれるだけでも、学園長になった甲斐があったってもんだわ」


 大きく伸びをしながら、アミルダは自分の部屋へと歩き出す。

 アルも鍵を受け取りお礼を口にしてから、割り当てられた部屋へと向かった。

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