第246話:暴走
「……魔法競技会、ですか?」
「あぁ! 魔法競技会は王都で開催されるからね! キリアンが手放しに誉めている君の実力をこの目で見たいと思っていたんだ! それで、参加するのかい、どうなんだい!」
テーブルに手を付き、身を乗り出したことでカップが揺れてお茶が少しだけ零れてしまう。
だが、ランドルフは気にすることなくアルの答えを今か今かと待っている状況だ。
「……さ、参加します」
「そうか! あぁー、楽しみだなあ! キリアンと並ぶ実力者である君の戦いが、この目で見れるんだね!」
不敬罪にならないよう頑張りました、とは言えないランドルフの迫力に、アルは苦笑を浮かべることしかできないでいる。
キリアンは、不敬罪にならなかったかも、と考えていたが、こちらも口をつぐんでいた。
「そうだ! なあ、アル君。私と一緒にダンジョンに潜らないかい?」
「「「……はい?」」」
何故そうなったのか、ランドルフ以外の三人はその思考が全く分からずに疑問の声を漏らしていた。
「だって! 魔法競技会に参加できる実力者なんだから、ダンジョンに潜っても問題はないだろう? キリアンも同行してくれたら、それこそ危険なんてないじゃないか!」
「……いや、危険とか、そういう問題ではないかと。潜るのであれば、騎士の方と潜られた方がいいと思いますよ?」
「いいや、ダメだ! それでは意味が無いからね! それに、あいつらは私がダンジョンに潜ると言ったら、全力で止めに掛かるだろう」
「それが仕事だからね。ランディの護衛騎士には、同情するね」
「リックもスタンリーも、頭が固いんだよ」
「あの二人以上に柔軟な護衛騎士はいないだろう。そうだ、チグサ」
話の合間にキリアンがチグサを呼び、何かしら耳打ちすると、静かに部屋を出て行く。
「チグサ殿はどうしたんだい?」
「僕のお気に入りのお茶請けを取りに行かせたんだ」
「……あぁ、あれは美味しいですよね、キリアン兄上」
「へぇ……楽しみだね」
笑顔になったランドルフを見て、キリアンはニヤリと笑う。
何を考えているのか、アルも理解できたのか話を戻すことにした。
「あの、護衛騎士の方も魔法師なんですか?」
「当然じゃないか。魔法師以外に誰がいると言うんだい?」
「その、剣を使ったりとかは?」
「剣かぁ……一応、腰には下げているけど、使う機会はないんじゃないかな。そもそも、暗殺者みたいな奴がいても、近づかせないのが一番だからね」
そこで近づかれたどうするんだろうと思ってしまったが、そうさせない自信があるからこそ、魔法師を護衛騎士として近くに置いているのだろう。
剣も魔法も使える護衛騎士がいれば、一番いいのにと思っていることは口にはしなかった。
「それにしても、やっぱりキリアンがいると楽しくなるね。アル君もそうだけど、君たちと話していると飽きないよ」
「僕以外にも、友人を作りなよ」
「そうは言ってもね、キリアン。僕と張り合える魔法師が君以外にいないんだから仕方ないじゃないか」
「……キリアン兄上。まさか、ランディ様と模擬戦をしたんですか?」
王族相手に模擬戦をすることがいいのかどうかの判断はアルにはできないが、危険が伴うことに変わりはないのでダメな気がする。そう思って口に出してみた。
「あの時も、リックとスタンリーが大騒ぎだったね」
「まだキリアンのことを彼らが知らない時だったものね」
「でも、アルはもっとすごいんだよ?」
「ちょっと、キリアン兄上!」
余計なことを、と思ったがすでに遅かった。
横からものすごい視線を感じたアルは、ゆっくりとそちらに視線を送る。
案の定、ランドルフがキラキラした瞳をアルに向けていたのだ。
「な、何がすごいんだい、キリアン! まさか、君より強いだなんて言わないよね!」
「スタンピードの前なんだけど、アルと模擬戦をやったんだよ」
「キリアン兄上!」
キリアンとしては、アルが注目されることが兄として単純に嬉しかった。
だからこそ饒舌になり、ランドルフにアルのことを話してしまった過去がある。
そして、今もその時の失態を忘れて饒舌になっていた。
「ラ、ランディ様! ちょっとキリアン兄上をお借りしま――ぶふっ!?」
力づくでキリアンを黙らせようと立ち上がったアルだったが、逆にランドルフに力づくで黙らされてしまったアル。
肩を組むように腕を回されて、口を押さえられてはどうしようもなかった。
「僕も本気で戦ったんだけど、アルに圧倒されてしまったんだよね」
「なんと! キリアンを圧倒したのか、アル君は!」
「そうなんだよ! 僕も驚いたんだ。いやー、まさか弟に負ける日がこんなにも早く来るなんて、思ってもいなかったよ!」
「そうか、そうか! くぅ~! ……なあ、アル君。ダンジョン行きもそうなんだが、私と模擬戦でも――」
ランドルフの暴走が佳境に差し掛かった時、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「「ランドルフ様!!」」
「ア、アルお坊ちゃま!?」
キリアンの提案によって護衛騎士を呼びに行っていたチグサが戻ってきたのだ。
緑髪のリック、赤髪のスタンリーが慌てた様子でアルをランドルフから助け出して小言を口にしている。
チグサは心配そうにアルへと駆け寄った。
「な、なんで君たちがここにいるんだい!」
「ランドルフ様が暴走していると、メイド殿にお聞きしたからですよ!」
「案の定ではないですか! やはり、キリアン様とお会いする時には、私たちも同行させてもらいますからね!」
「キ、キリアーン!」
誰の差し金か気づいたランドルフは、悔しそうにキリアンの名前を叫ぶ。
「大丈夫でしたか、アルお坊ちゃま?」
「う、うん、大丈夫。それよりも……キリアン兄上?」
「えっ? ……あぁっ!?」
そして、ジト目を向けてきたアルに気づいて何事だろうと思案したキリアンは、自分がやってしまったことにようやく気づいた。
「アル君! 絶対に! 私と模擬戦を! してもらうからね!」
「「絶対にやらせませんからね!」」
「護衛騎士様、よろしくお願いします」
ランドルフを両脇から抱えて去っていく護衛騎士の背中に、そんな呟きを溢したアルなのだった。
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