第245話:雑談なのか、そうじゃないのか

 レオンの部屋を出た四人は、そのままキリアンの部屋に向かうことになった。


「帰らないのかい?」

「おいおい、せっかく屋敷を訪ねてきた友人をさっさと帰すのか?」

「いきなり訪れるのって、あり得ないと思わない?」

「そもそも、友人がユージュラッドに来ていることを知っているのに訪ねてこない方があり得ないんじゃないか?」


 キリアンとランドルフはそんな感じで話ながら歩いている。


「……俺たちは、戻ってもいいのかな?」

「……アルお坊ちゃまは一緒の方がいいのでは? 私はその、メイドですし」


 困惑しているのは、二人の後ろを歩いているアルとチグサだ。

 アルに関しては呼ばれる理由が揃っている。フェルモニアを単独討伐した、スタンピード騒動における功労者だからだ。

 しかし、チグサは違う。

 スタンピード騒動の時にはレオンの側にいただけで、レオンとジラージが山に向かう時に露払いで少しばかり魔獣と討伐しただけに過ぎない。

 それ以前に、チグサが言う通り彼女はただのメイドであり、レオンの護衛だということをランドルフは知らないはず。

 ここで一緒に行動することに何の意味もないのだ。


「……あの、キリアン兄上? 俺たちは部屋に戻ってもいいよな?」

「何を言っているんだ、アル。お前も一緒に話をしよう」

「でしたら、キリアンお坊ちゃま。私は仕事がありますので、この辺りで――」

「そうそう、チグサ殿だったか? 君も一緒においで。キリアンの部屋で給仕をしてくれないか?」


 キリアンとランドルフは、さも当然といった感じで二人に同行するよう口にする。

 内心では大きく溜息を付いていたものの、表情に出すことはなく笑顔で頷いた。


((何をするつもりなんだろう?))


 全く同じことを考えながら、アルとチグサも到着したキリアンの部屋に入っていった。


「ふうぅぅ……ようやく、一息つけるよ」

「勝手に来ておいて、その言い草はないだろう」

「いやいや、すまないね。でも、君がこっちに戻ってからは、王都でもずっと暇だったんだよ。それなのに会いに来ないんだもの、僕の身にもなってくれよ」

「暇って、仕事はあっただろう?」


 二人の所属先である第一魔法師隊の主な仕事は、王都の防衛にある。

 しかし、有事にしか仕事らしい仕事はないので、普段は他の魔法師隊と同様に王都周辺の魔獣狩りを行っている。

 冒険者も魔獣狩りを日課として行っているので、実際はほとんどやることはないのだが。


「あるにはあったけど、ほとんどが冒険者ギルドとの交渉だね。王族だから仕方ないけど、こういうのほど隊長とか副隊長がやるべき仕事だよね」

「そういうなよ。立場を利用するのは、魔法師というよりも王族の仕事だろう?」

「……私は、立場を使って相手に押し付けるのは好きじゃないんだよ」


 溜息を付くランドルフを横目に、チグサが三人の前にお茶を注いだカップを置いていく。


「ありがとう、チグサ殿」


 お礼を口にしたランドルフに一瞬だけ驚きを浮かべたチグサだったが、すぐにいつもの表情に戻ると壁際に移動する。


「……アル君は、彼女に戦い方を習ったのかい?」

「――! ……い、いきなり、何を言っているんですか、ランディ様?」


 しかし、ランドルフの発言を受けてアルの表情には緊張が走った。

 チグサのことを知っているのか、それともキリアンが口を滑らせたのか。


(いや、キリアン兄上が家の秘密をおいそれと口にするはずはない。なら、ランディ様が抱えている暗部が何かを探っているのか?)

「ん? ……あぁ、すまない。気を悪くしたかな?」


 アルが何を考えているのか、そして壁際のチグサが警戒心を強めたことにも気づいたランドルフは申し訳なさそうに口を開く。


「実はね、チグサ殿とアル君の歩き方が似ているから、そうじゃないかと思ったんだ」

「似ている、ですか?」

「うん。師弟関係にあれば、そういったこともよくあるからね。だから聞いてみたんだよ」


 嘘か真か。

 アルには判断することができずにキリアンへと視線を向ける。

 リリーナたちにチグサの存在を教えているのは、レオンの許可があったからだ。それもアルのためなら特別にと、秘匿することを条件にだ。

 ここは、アルの自己判断で答えていい話ではなかった。


「……ランディ。アルを困らせないでくれ」

「ん? いや、困らせているつもりはないんだけど?」

「君の質問は、王族の質問になってしまう。相手が秘匿したいことを君が質問していたとしたら、困ってしまうのは当然だろう?」


 キリアンは遠回しに、『それで合っているから、もう質問しないでくれ』と言っている。

 そんなキリアンの思考に気づいたのか、ランドルフは頭を掻きながら苦笑を浮かべた。


「あー、すまない、アル君。これは単に興味本位で口にしたことだから、深くは考えないで欲しい」

「……は、はぁ」

「それにチグサ殿も。今この場にいる私は、王族ではなくキリアンの友人だから、そこまで緊張しなくてもいいからね」

「……かしこまりました」


 いまだに困惑しているアルとは違い、チグサはすでに気持ちを切り替えたようではっきりと返事をしていた。


「それとね、アル君。本題に入りたいと思うんだが――魔法競技会、参加はするのかい?」


 そして、突然の話題変更にアルの困惑はさらに深まっていくのだった。

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