第238話:スタンピード⑱

 季節外れの霜が一帯を埋め尽くしている。

 だが、これも時間が経てばすぐに消えてなくなるだろう。

 周囲には砕けたフェルモニアの死骸と、首を失った何者かの死体のみ。

 全ての魔力を使い果たしたアルは大きく息を吐き出すと、ガクンと体から力が抜けてしまう。

 そのまま倒れてしまう、そう思っていたのだが、予想外にその体は誰かに支えられていた。


「……父上、ですか?」

「アル……無事でよかったぞ」

「しっかし、こりゃあなんだあ?」


 遅れて駆けつけたレオンがアルの肩を支え、ジラージは周囲を見渡して嘆息している。

 不自然なくらいに木々が消え失せている一帯に、霜が降りた地面。

 そして、大将首であるだろうフェルモニアが内包された砕けた氷。

 何が起きたのか詳しく聞く必要はあるものの、この場で何が一番重要なのか、それはレオンにもジラージにも分かっていた。


「……倒してくれたんだな?」

「……ったく。足止めでいいって言ったのに、無茶しやがって」

「……これでも、最初は無難に、戦ってたんですよ?」

「最初はかよ。まあ、レオンの息子なんだから、似た者同士ってことか」

「おい、ジラージ。それは聞き捨てならんぞ?」

「本当のことだろうが。それよりもアルは大丈夫なのか?」


 念のためにとジラージは周囲の様子を見にその場を離れ、レオンはアルをその場にゆっくりと寝かせて様子を見ていく。


「大丈夫ですよ、父上。魔力が枯渇寸前まで、いっただけですから」

「それが危ないと言っているんだ。とりあえず、これを飲むんだ」


 レオンが取り出したのはマジックポーション。

 高価な代物で回復量も折り紙付きだった。


「…………うわ、すごいですね、これ」

「だろう? スタンピードということで、ジラージから出させた」

「……そこは、父上が奮発したって言ってくれた方が感動できましたね」

「出してくれると言っているんだ。ならば、それに乗っかるべきだろう?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべたレオンを見て一瞬だけ驚いたものの、アルも似たような笑みを浮かべて体を起こす。


「くっ! ……ふぅ、これなら大丈夫そうです」

「そうか? 体の傷もあるから、普通のポーションも飲んでおくか?」

「いえ、これくらいなら問題ありませんから」


 肩、腹、足と触手に打ち据えられた箇所が赤黒くなっているものの、これくらいならとアルは口にする。

 見た目には痛々しいものだが、アルとしてはチグサとの模擬戦でこれ以上の打撃を何度も受けていたので気にはならなかった。


「……いいや、飲んでくれ」

「本当に大丈夫ですよ?」

「……今の姿をラミアンに見られたら、私が後から文句を言われてしまう」

「……あー、そういうことなら」


 遠くに視線を向けながらそう口にしたレオンに苦笑を浮かべ、アルは手渡されたポーションをそのまま飲み干す。

 赤黒くなっていた箇所の色味が薄くなり、最終的には普段の肌つやに戻っていた。


「……これも高価なポーションですか?」

「もちろんだ。そして、これもジラージが出してくれた」

「……後で、ルシアンさんにお礼を言わないといけませんね」


 その時、周囲を見回ってきたジラージが戻ってきた。


「魔獣はアミルダの魔法のおかげで全部がユージュラッドに向かったみたいだな」

「そうだ! ユージュラッドは大丈夫だったんですか?」


 フェルモニアとの戦っている最中、アミルダからは魔獣がこちらに来ないよう幻覚を見せて誘導していた。

 しかし、先行していた小型の魔獣ではなく、今回向かったのは中型から大型の魔獣である。

 この場にレオンとジラージがいるということは戦力は低下しており、特に右側の戦力はレオンが抜けたことで厳しいものになっているはずだ。


「安心しろ。私が抜けた穴にはペリナが。そして、ジラージが抜けた穴にはアミルダが入っている」

「それに、アルの学友たちも頑張ってくれたからな! ……あー、誰だったか?」

「リリーナとクルルですか?」


 学友と聞いて、アルは真っ先に二人のことを思い出していた。

 ベル謹製の魔法装具をアル自らが手渡した、信頼できるパーティメンバーだ。


「そうそう! リリーナはエルドア家の次女だったか? だから分かるが、まさか平民であれだけの魔法を使える奴がいるとは思わなかったぞ!」

「クルルの火属性は、レベル3ですからね」

「それで魔法装具があればあの威力か……うーん、俺も魔法装具について、もっと真剣に考えるべきかねぇ」

「お前は根っからの戦闘狂なんだから、魔法とか関係ないだろう」


 背中に背負っている戦斧を見ながらレオンがそう口にすると、がははと笑いながらジラージは大きく頷いていた。


「まあ、確かにそうだな!」

「でも、前衛だからと魔法を疎かにするのはどうかと思いますよ?」

「俺はそんなに器用じゃねえんだよ! 魔法はあくまでも威嚇、決めるならこいつでぶった切るぜ!」


 ということは、ほぼ魔法なしでSランクまで駆け上がったのかと考えたアルは、ジラージの実力を見てみたいと場違いのことを考えていたのだった。

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