第237話:スタンピード⑰
迫る触手を全て斬り裂き、アルは一歩ずつフェルモニアへと近づいていく。
全方位から間断なく攻撃が仕掛けられているにもかかわらず、アルは立ち止まることがない。
一秒の間に何度、アルディソードを振り抜いているのかは本人ですら分からないかも知らなかった。
『ブジュラ! ブジュララアアアアッ!』
止まることのないアルにさらなる恐怖を覚えたフェルモニアは、リフレクションによる妨害が無くなったことに気づいており、毒性の高いフェロモンを撒き散らして確実な死をもたらそうとする。
しかし、呼吸を止めているアルには意味が無く、さらなる混乱をフェルモニアにもたらしていた。
(まだだ、まだいけるぞ!)
近づけば近づくほどにフェルモニアの攻撃は苛烈になっていくものの、アルの剣速に応じて速度を増していく。
フェルモニアから見たアルは、小さな竜巻のように見えたかもしれない。
それほどに激しくも鋭い剣閃が常に閃いていたのだ。
『ブジュララララアアアアアアアアッ!!』
たった一人の人間に負けるはずがないと、フェルモニアは咆哮をあげて本体である上半身の腕がうなりを上げた。
人型のそれだった両腕は、今までの触手とは比べ物にならないほどに太く、さらに鋭利な棘が無数に生えている。
触手によって動きを阻害された状態のアルめがけて、両碗が同時に振り下ろされる。
掠るだけでも致命傷になり得るその一撃を、アルは避けるどころか迎え撃つ形でアルディソードを斬り上げた。
(――裏・
上段斬りの大破斬とは異なり、裏・大破斬は斬り上げにより強烈な斬撃を見舞う一撃。
地面を削りつつ、その反動を利用しての斬り上げは、両碗の触手を両断してしまう。
しかし、他の触手に対する迎撃が一瞬ではあるものの止まったことで、強烈な打撃がアルの体に襲っていた。
「ぐっ!」
即座に迎撃を再開したものの、打ち据えられた部分には強烈な痛みが残り、わずかだが息を吐き出してしまう。
全身から汗が噴き出し、飛び散るのと同時に刀身や触手によって弾け飛ぶ。
フェルモニアの本体を間合いに捉えるにはまだ遠く、このままではアルの方が先に倒れてしまいかねない。
さらに悪いことに、両断した両碗の触手が上半身に引き寄せられると、切断面が波打つのとほぼ同時に再生してしまう。
(……これは、万事休すか)
危機的状況にあって、アルの思考は冷静を保っていた。
このまま斬り込んでも、致命傷を与える一撃を放つことは難しく、最終的には自分が殺されてしまう。
ならば引くべきかもしれないが、それは剣士アル・ノワールが敗北したことに他ならない。
一瞬の逡巡を得て、アルは小さく溜息をついた。そして――
「やはり、魔法剣士として生きるべきなのか」
声を漏らしたことで、フェルモニアの本体はニタリと笑みを刻んだ。
周囲には毒性の高いフェロモンを撒き散らしている。
このまま一呼吸でもしてしまえば、毒が一気に全身を駆け巡り、目から、鼻から、耳から、ありとあらゆる人体の穴から出血し、激痛を伴いながら死んでいくことだろう。
そして、その姿を眺めながら忌まわしき神力を発している物があるだろう場所を目指して進軍を再開するだけだ。
『ブジュララララララッ! ……ラア?』
しかし、アルは倒れるどころか剣速を維持したまま触手を斬り捨てており、さらにフェロモンが再び妨害されたではないか。
「……これは、俺が望んだ勝ち方じゃないんだがなぁ」
『……ラ……ララ……ブジュララララアアアアアアアアッ!!』
アルの呟きとフェルモニアの大咆哮が重なる。
しかし、一進一退だった攻防は一気に次の展開へと動き出した。
土属性魔法のアースドームを筒状に作り出して触手を防ぎ、一歩ずつしか近づけなかった彼我の距離を一気に詰めるために走り出す。
硬度を高めたアースドームを触手では破壊できないと判断したフェルモニアは、両碗で破壊しようと振り上げる。
「疾風飛斬――烈風!」
飛ぶ斬撃にシルフブレイドを纏わせた一撃が、アースドームを内側から斬り裂き、さらに両碗を斬り飛ばしていく。
「触手も邪魔だな――アイスロック」
水と木と光の三属性を融合させたアイスロック。
アルの正面にある地表が凍り付くと、その先にいたフェルモニアの触手も徐々に凍り付き、上半身付近まで氷が到達してしまう。
『ブジュラアッ!?』
「このまま、死んでくれ――アイスソード!」
アルディソードに同じ三属性による魔法剣を宿らせたアルは、凍った触手を駆け上がると、常にこちらを見下ろしていた上半身の本体と目が合った。
「これで、終わりだ」
『ブ、ブジュ』
「
『ブジュララアアアアアアアアアアアアッ』
飛び上がったアルのアルディソードが、フェルモニアの眉間に突き刺さる。
同時に大絶叫をあげたフェルモニアの上半身が一気に氷が包み込んでいく。
そして、アルディソードを抜いた衝撃によって氷にひびが広がっていくと――フェルモニアと共に崩れ落ちていった。
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