第236話:スタンピード⑯
その時、頭上から聞き慣れた人物の声が聞こえてきた。
『魔獣は無視しなさい!』
「ヴォ、ヴォレスト先生!?」
手を止めることはできないので気配察知で居場所を探ろうとしたのだが、それらしき気配はどこにもない。
だが、確かにアミルダの声が聞こえてきている。
『使い魔で話をしているわ! こちらから闇魔法で魔獣に幻覚を見せて誘導するから、あなたはフェルモニアの相手をお願い!』
「ですが、フェロモンで操られている相手を、誘導できるんですか?」
アルの不安はそこにあった。
言ってみれば魔獣はフェルモニアに操られていると言っていいだろう。
アミルダの言葉は、支配権をフェルモニアから奪うと言っているのだ。
『任せなさい! これでも闇魔法の権威よ!』
しかし、アミルダの声には自信が漲っていた。
アルとしても魔獣の相手をしないで済むのであればフェルモニアに集中することができる。
「……分かりました、信じますよ、ヴォレスト先生!」
『当然! もう少ししたら、レオンとギルマスが到着するから、それまでの辛抱よ!』
「――! ……助かります!」
最後の言葉にアルは笑みを浮かべた。
魔獣の相手もなく凌ぐだけなら容易であり、力を温存することも可能だからだ。
「……いや、それでいいのか、アル・ノワール」
だが、そんな戦い方をアルは望んでいなかった。
今できる全てを注ぎ込み、それでも倒せなければ次のことを考えるべきじゃないのか。
レオンとジラージがいれば、消耗したフェルモニアを倒すことは造作もないだろう。
「ならば、俺の剣術がどこまで通用するのか。魔法剣でどれだけやれるのか。それを確かめるべきだろう!」
後のことを考えなくてよくなったアルにとって、目の前の敵は現在の自分の実力を知るために必要な相手であると位置付けられた。
「俺の全てを注ぎ込み、貴様の相手をしてやろう!」
『フシュルルララララッ!』
アルの目が爛々と輝き始めたことに気づいたのか、フェルモニアの苛烈な攻撃は勢いを増していく。
それと同時にアルの剣速を上がり、止めていた足を一歩ずつ前に動かし始めたではないか。
驚愕するフェルモニアを睨み付け、口元には笑みが浮かぶ。
『ブ……ブジュルルララララアアアアッ!』
絶対優位とあると信じていたフェルモニアが感じたものは――恐怖だった。
何故、こいつは自分を睨みつけているのか。
何故、こいつは笑みを浮かべているのか。
何故、こいつは死なないのか。
不可思議なことばかりが目の前で起きている状況に、目の前の人間が人間ではないかのように思えてならない。
呼び寄せた魔獣もこちらに一匹たりとも来ないことにも気づかないほどに、目の前の相手に意識を集中させていた。
「疾風飛斬!」
『ブジュラアアッ!』
ついに反撃のタイミングを見つけたアルが飛ぶ斬撃を放つ。
フェルモニアは初見であるにもかかわらず触手を束にして上半身を守り、数本を犠牲にすることで難を逃れる。
その隙をついて横へ大きく駆け出したアルはフェルモニアにはない機動力を活かして勝機を伺う。
「ファイアボルト! シルフブレイド! ツリースパイラル!」
連続で魔法を放ちながら、なおも移動を繰り返していくアル。
足止めもできず、攻撃も当たらず、逆に反撃されている状態に業を煮やしたのか、フェルモニアは咆哮をあげると無差別に触手を振り回し始めた。
誰も近づけさせないための弾幕かのように、隙間なく埋め尽くされた触手を見たアルは接近を断念する。
それでも立ち止まれば全ての触手がこちらを向くだろうと足を止めることはせず、魔法で威嚇しながら隙を窺っていた。
(だが、このままでは俺の魔力が先に枯渇してしまうか)
フェルモニアはただ触手を振り回しているだけなので魔力消費などなく、限界が存在するアルにとっては最悪の状況だ。
(触手の弾幕をものともしない強力な一撃が、俺のレベルで放てるものなのか?)
全属性持ちのアルは多様性に優れており、魔力融合を用いて威力不足を補ってきた。
しかし、頼りの魔力融合ですら跳ね返してしまう相手を前に決定打を欠いている状況だ。
「……いいや、俺は誰だ?」
アルは、足を止めた。
「俺は、アルベルト・マリノワーナの生まれ変わりだろう」
小さく息を吐き出し、マリノワーナ流の構えを取る。
「剣の道を極めるために、生まれ変わったんじゃないのか!」
魔法に頼るのはもう終わりにしよう。
「剣士、アル・ノワール。いざ、参る!」
『ブジュルルルルララララアアアアッ!』
全神経を剣術に集中させたアルは、大きく息を吸い込み呼吸を止める。
常時発動させていたリフレクションも解除して、アルディソードを振り抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます