第235話:スタンピード⑮
アルは山に入った直後から、先ほどとは異なる雰囲気を感じ取っていた。
魔獣が少ないのはフットザール家が討伐したからだろうと納得できるのだが、それ以上に圧倒的強者のプレッシャーが肌を撫でるように通り過ぎていく。
隠そうとしているのか、それとも気づいてもらおうとしているのか、それすらも測りかねるプレッシャーだ。
「……狼煙を、上げておくか」
ジルストスやジーレインの死体を確認したわけではない。
しかし、アルは彼らが討伐に失敗したのだと確信をもって赤い狼煙を上げた。
後は山を下りてレオンと合流、三度山に入ってフェルモニアを討伐できればスタンピードも終息していくだろう――そう思った矢先である。
「――!?」
香りではなく、肌を痺れさせるような違和感を感じたアルは反射的に光属性のリフレクションを発動させる。
すると、魔法を跳ね返す感覚が全体に現れた。
「な、何が起きているんだ?」
どんな魔法を使われているのか分からない状態ではリフレクションを解除することはできない。
魔力量にも注意を払いながら気配察知の範囲を広げていくと……見つけてしまった。
いや、見つけたと同時に見つかったと言ってもいいかもしれない。
「……これは、逃げられないな」
額から汗が流れ落ちていく。
まだまだお互いの距離は離れているが、ここで背を向けてしまえば集中砲火を浴びてリフレクションを打ち破られてしまうだろう。
覚悟を決めたアルは、異変に気づいてもらうために手持ちの赤い狼煙を全て上げる。
「さて。それじゃあ今度は、こちらから仕掛けてやろうか!」
リフレクションの強度を上げながら前進したアルは、同時に土属性のアーススピアを放つ。
周囲の木々が無くなっていることから、木属性よりもむき出しの土を利用した魔法が有効だろうと判断したのだ。
しかし、魔法が命中した手応えはなく、逆に魔力の流れからあやふやだっただろう自分の位置がフェルモニアにバレてしまったかもしれないと舌打ちする。
「失敗だったか? いや、どちらにせよバレるのだから関係ないか!」
開き直ったアルはフレイムランスを顕現させると、周囲に留まらせながら移動を再開し、視界の中にフェルモニアを捉えた瞬間に解き放った。
「灰になれ!」
『フシュルルルッ!』
体長は5メートルに迫り、女性の上半身が頂点で形作られ、下半身は植物の根のような無数の触手が蠢いている。
そのうち数本の触手が鋭く動いてフレイムランスを叩き落してしまう。
瞬間、アルは周囲に視線を向けて状況を確認する。
フェルモニアのやや後方に首のない死体が一つあるが、それ以外には何も見当たらない。
ジルストスのビッグバンが全てを蒸発させていたのだが、その事実を知らないアルはフェルモニアが何かをしたのだろうと判断し警戒を高めていく。
(フェルモニアは魔獣の好む匂い、フェロモンを発して集める習性がある。リフレクションが弾いているものがそのフェロモンだとすれば、人間にも影響を及ぼすものだと判断すべきだな)
今度はフェルモニアへ視線を向けて分析していく。
上半身が女性を模していることから、フェロモンを発しているのが上半身だろうと推測する。
ならばと魔力融合にてシルフブレイドをその上半身へ放ったものの、こちらも全てが触手によって防がれてしまった。
「ちいっ! 斬り落とせはしたが、数が多過ぎるな!」
『フシュルルララララッ!』
次は自分の番だと言わんばかりにフェルモニアが声をあげると、触手が蠢きアルへと殺到してくる。
全てを回避することは不可能だと判断したアルは、アルディソードを構えて迎え撃つ構えだ。
切れ味を重視してウインドソードの魔法剣を作り出し、シルフブレイドを同時に発動させて斬り掛かる。
まるで斬撃の結界が張られているかのように、無数ある触手が全て斬り裂かれ、地面を覆い尽くしていく。
迎撃されると思っていなかったフェルモニアは一瞬だけ驚愕を顔に出したものの、物量で言えばこちらが有利だと思ったのか攻撃の手を緩めることがない。
そして、その思惑はその通りだった。
アルが触手の相手をしていると、フェルモニアの後方から無数の足音が地面を揺さぶりながら近づいてきたのだ。
「まさか、まだ魔獣が迫っているのか!」
『フシュルルララララッ!』
アルが山の中に残っている時点で、二度目の広域魔法が放たれることはないだろう。
となれば、フェルモニアを相手しながら魔獣の群れを凌がなければならなくなる。
絶体絶命の危機が、アルに迫ろうとしていた。
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