第234話:スタンピード⑭

 その後、ジルストス率いる集団は何度か魔獣と戦ったのだが、ジーレインが魔力の温存を気にすることなく戦い続けたことで何とか凌ぎ続けていた。


「……? なんだ、この香りは?」


 さらに進んだ先で、ジルストスは山に入ってから一度も感じたことのない香りを嗅いで疑問を浮かべる。

 だが、その時にはすでに始まっていた――フェルモニアの攻撃が。


「……が……がはっ!?」

「ぐええええぇぇっ!?」

「いやあっ!? こ、来ないでえっ!?」


 突然吐血する者。嘔吐する者。幻覚を見る者。

 様々な症状が集団内で起き始めたことで、ジルストスもようやく攻撃を受けていることに気が付き鼻と口を覆う。


「敵はどこだ! 探せ!」


 号令一下、症状の出ていない者たちが動き出して魔獣を探そうとしたのだが、何故だか見つけることができない。

 そして、時間が掛かるにつれて被害は拡大してしまう。


「くそっ! ならば、周囲一帯を吹き飛ばすだけだ!」


 時間がないと判断したジルストスは、前方めがけてビッグバンを放つ。

 光球が大きくなり、範囲内を蒸発させた――だが、香りは収まることなく被害も大きくなっていく。


「くっ! ならば、もう一発だ!」


 今度は右を向いてビッグバンを放つ。だが、これでも収まらない。

 先ほどマジックポーションを持ってきた男性はすぐ横でうずくまっており、仕方なく馬から降りて自らマジックポーションを手にして飲み干すと、今度は左にビッグバンを放つ。


「こ、これでも、ダメなのか……ぐはっ!」


 ここにきて、ついにジルストスにも症状が出てしまう。

 口と鼻から血が溢れ出し、服の裾で拭いながらもう一度マジックポーションを飲み干して何とか立ち上がる。


「いったい、どこに……ま、まさか――後ろか!」


 勢いよく振り返ったジルストスが見たもの、それは――


『フシュルルルルゥゥ』

「……こ、こいつが、大将首か!!」


 いつの間に回り込んだのか。それとも姿を暗まして待ち構えていたのか。

 頭の中には様々な思考が渦巻いていたが、ジルストスのやるべきことは変わらない。

 フェルモニアの足元には倒れている魔法師がいたものの、ここで自分が死んでしまっては意味がないと迷いなく魔法を発動させた。


「ま、待ってください、ジルストス様!」

「あなた、見捨てないで!」

「……ち、ちち、うえ」


 そして、そこには魔法師だけではなくジーレインや他の家族たちの姿もあった。


「お前たちの命は、私が上にいくことで成仏させてやる! ビッグバン!!」


 他の貴族家の魔法師を、妻を、子供を巻き込んで放たれたビッグバンは、今まで放ったどれよりも強大な魔力が込められていた。

 地形を変え、ありとあらゆるものを蒸発させていく。

 光の中ではフェルモニアだけではなく、巻き込まれた人たちの怨嗟の声が響いていただろうが、恐慌するジルストスには聞こえていなかった。

 そして、何も無くなった一帯を見つめながら、ジルストスは乾いた笑い声を漏らしていた。


「……はは……ははは……何も、いない。くくくくっ、大将首を、私が討ち取ったんだあっ!」


 その場で両膝を付きながら、ジルストスは顔を上げてそう口にした。

 自分さえ生きていればなんとかなる。

 上級貴族であり続ければ家族なんてすぐに作れる。

 この成果を持ち帰ればさらに強い権力を得られる。


『――フシュルシュル』

「……ふえ?」


 聞いたことのある音が、ジルストスの耳に聞こえてきた。

 情けない声を漏らしながらジルストスが振り返ると、そこには蒸発させて殺したはずのフェルモニアが傷一つなく佇んでいた。


「……な、何故、生きている? にゃふぇ……ふえぁ?」


 さらに、ろれつが回らずに言葉になっていないことにも気づく。

 ジルストスが攻撃を受けていると気づいたずっと前から、フェルモニアによる攻撃は続いていた。

 それによりジルストスはずっと前から幻覚を見ており、フェルモニアが後方に現れたのだと思い込まされていたのだ。

 実際には前方、ビッグバンの範囲よりもさらに前方でその姿を晒していたのだが、幻覚によって気づけずにいた。

 多くの人間を巻き込みながらビッグバンを放ったことで、ジルストスの周囲には誰ひとりとして生き残っていなかった。


「……ふふ……ははは……あははははっ!」


 そして、ジルストスの精神はついに崩壊してしまった。

 その場で高笑いをしながら立ち上がると、ゆっくりとした足取りでフェルモニアへと近づいていく。

 すでに枯渇寸前の魔力を集約させながら、ビッグバンを発動しようと試みる。

 しかし、当然ながら魔力が足りずに霧散してしまう。


「……わたふぃが、上にいくにょだ。わたふぃが……王に、なるのだああああっ!」

『…………フシュル』

「私がああ――!」


 まるで腕のようにうねっていた触手が音もなく動くと、次の瞬間にはジルストスの顔が消えていた。

 クチャクチャと咀嚼音が響き渡ると、力尽きたジルストスの体だけがゆっくりと崩れ落ちていった。

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