第233話:スタンピード⑬

 ラミアンとキリアンは右側にいるだろうアルが姿を見せたことで、とても驚いていた。それも一人の女の子を抱えているのだからなおさらだろう。


「アル、どうしたのですか? それにそちらのお嬢さんは?」


 当然の質問に、アルは真相を簡単に説明した。

 レオンの作戦を知っているラミアンからは厳しい叱責があるだろうと覚悟していたアルだったが――


「そう……ブリジットちゃん、怖かったわね」


 ラミアンは緊張で体を強張らせていたブリジットを優しく抱きしめ、その頭をゆっくりと撫でていた。

 誰からも優しくされたことがなかったブリジットにとって、ラミアンの行動はずっと母親に求めていたものであり、緊張の糸が切れたのか一気に泣き出してしまった。


「アル」

「は、はい」

「よく助けてくれましたね。それでこそ、ノワール家の人間です」


 予想外の反応に驚いてしまったアルだが、ラミアンの表情を見るとその言葉が嘘ではなく、本心から言っているのだと気づきホッと胸を撫で下ろした。


「私もブリジットちゃんの存在を知りませんでした。おそらく、レオンも知らないでしょう。彼女を助けたことで障害になるということは、きっとないはずよ」

「ありがとうございます」

「アル。右側の戦況は大丈夫だったのかい?」


 そこへキリアンが声を掛けてきた。

 元々アルは右側をレオンと支えるために陣取っていた。

 それが右側を離れただけではなく、中央に向かい、さらに山の中を進んでいたとなれば気になるのも当然だ。


「右側は問題ありません。父上がはっきりとそう言ってくれたので」

「……なら、問題ないね」


 そして、キリアンのレオンに対する信頼感も高く、その言葉だけで納得してしまった。


「アルはこの後、どうするつもりなの?」

「もう一度、山の中に入ろうと思います。フェルモニアと接敵する前に、中型から大型の魔獣と戦うことになるでしょうから」

「分かっていると思うけど……」

「もちろんです」


 その先を口にしなかったのは、ブリジットに気を使っているからだろう。

 レオンとアミルダの作戦は――フットザール家と付き従っている貴族を見捨てるということなのだから。


「では、いってきます」

「気をつけるんだよ、アル」


 キリアンの言葉に片手を上げて返事をすると、アルは再び山の方へ駆けていった。


 ※※※※


 ――一方、山の中ではついにジルストス率いる集団と、中型・大型が激突していた。


「シューティングスター!」

『グルオオアアアアッ!』

「スターレイン!」

『ピイイイイヒョロロロロオオオオッ!』

「くっ! 数が多過ぎる!」


 ジーレインは連続で魔法を放ちながら、弱気な言葉を零していた。

 実際に数も多いのだが、一匹の実力が冒険者のCランクやBランク相当の魔獣ばかりでどれも手強い。

 戦場に出たことのないジーレインや他の魔法師からすると、地獄に放り出されたように感じているかもしれない。


「怯むな! 吹き飛ぶがいい――ビッグバン!」


 そこへ響いてきたジルストスの怒声と同時に放たれたのは、光属性レベル5の広域魔法だ。

 起点となる場所に光球が顕現すると、一瞬にして巨大化した光の範囲内の存在全てを蒸発させてしまう。

 土も木も、当然ながら魔獣ですらも一瞬にして消し去ってしまった。


「……ふぅ」

「マジックポーションでございます、ジルストス様」

「あぁ、助かる」


 執事然とした男性から高級品のマジックポーションを受け取ったジルストスは一気に飲み干すと、もう一度息を付く。

 アミルダやペリナが見せたように、広域魔法は大量の魔力を消費してしまう。

 本来ならばフェルモニアを討伐するまで魔力を温存しておきたいのだが、魔獣の群れを前にしてはそうも言っていられなかった。


「ジーレイン!」

「は、はい!」

「お前が私の代わりに皆を引っ張らなければならないぞ! 大将首を前に私の魔力が尽きていたでは、意味がないのだからな!」

「も、申し訳ありません!」


 他の魔法師に守られながら戦っていたジーレインに怪我はなかった。

 しかし、他の魔法師も同じかと聞かれると、そうではない。

 すでに同行していた三分の一が負傷しており、さらに持ち運んでいた物資の半分が使い物にならなくなっている。

 その中にはポーション類もあり、ジルストスは周囲の目を気にすることなく舌打ちをしていた。


「これより先、私は魔力を温存する! 貴様らで露払いをするんだ、いいな!」

「「「「は、はい!」」」」


 苛立ちを隠すことなく馬上でそう言い放ったジルストスは、ゆったりとした足取りで山の中を進んでいった。

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