第231話:スタンピード⑪

 フットザール家の集団を見つけることは簡単だった。

 アルの気配察知を駆使せずとも、単に地面にできた足跡を追い掛けただけだ。

 それでもアルは気配察知を行い、その範囲を拡大させていく。

 目的はただ一つ――フェルモニアを見つけるためだ。


(俺が感知できる範囲にはいないみたいだが……この先、魔獣がうようよしているな)


 それも、先ほど討伐した先行してきた小型の魔獣ではなく、動きが遅い中型から大型の魔獣だ。

 ただし、それは移動に限ったものであり、戦闘となればその動きは見た目とは裏腹に機敏となる討伐ランクの高い魔獣ばかり。


(ジーレインたちで何とかなるのか? ……いや、ここで俺が手を出すわけにはいかないか)


 助けたい気持ちもあるが、ここで手を出せばそれこそ難癖を付けられるだろう。

 結局、貴族とはどれだけ危険な状況であっても見下している相手に助けられれば邪魔をするなと突っぱねてしまう。

 最悪の場合、作戦を台無しにされたと言ってこちらを処分してくることもあるのだ。


(父上の作戦のこともあるからな。……正直、知った顔を見殺しにするのは気が引けるけど)


 アルの知っている顔はジーレイン一人だけだが、それでも心のどこかで引っ掛かりを覚えてしまうのも確かだ。


(……あれ? あんな小さな女の子まで参加しているのか?)


 集団の最後方。置いていかれないようにと必死についていっているように見える女の子の姿がアルの目に入った。

 まだ魔獣と接敵するのもだいぶ先なのだが、すでに息が上がっている。

 それでもついていこうとしているのはフットザール家だからなのか……いや、違うだろうとアルは考えた。

 何故なら、女の子の表情が戦場に出る者とは思えないほどに恐怖を感じているからだ。


(まさか、学園に入学していない子供まで連れてきているのか、フットザール家の当主は!)


 アルは怒りを抑えようと必死に拳を握りしめた。

 レオンは学園に通っていないアンナだけではなく、実力が伴っていないとしてガルボにも屋敷に残るよう伝えている。


(あの顔は、拒否することができなかった者の表情だ。上級貴族というのは、家族の命すらも自由にしていい存在なのか!)


 その時、問題が起きた。


「きゃあっ!」


 最後方を歩いていた女の子が躓き、声を出して転んでしまったのだ。

 周囲に魔獣の気配はない。これくらいの声なら全く問題にはならないはずだが、気を張り詰めている者にとってはあり得ない行動に映ってしまう。


「貴様、ブリジット! なんてことを!」

「こんなところで声をあげるなんて!」

「これだから忌み子は邪魔なのだ!」

(お前たちの声の方がうるさいんだよ)


 そんなことを考えながらも、アルは無言のまま様子を窺っている。


「……す、すみません、でした」


 震える声でそう口にするのがやっとな様子のブリジット。

 そこにジルストスが片手を上げると皆が口を閉ざす。


「……黙ってついてこい、いいな?」

「……はい」


 ブリジットを想っての言葉だったのか? 否、逆である。

 ジルストスは自らの保身のためにそう口にしている。

 ここにいる者たちの中では、魔獣への知識を有していることからそう口にしたのだ。


「行くぞ。この先に、大将首がいるはずだ」


 そして再び馬を歩かせる。

 ブリジットの周囲にいた者たちは、彼女を睨み付けながら歩き出す。

 誰も、ブリジットに手を貸そうとはしなかった。


「……ぅぅ……助けて、お母様……」


 そう口にしながらも、ブリジットは涙を拭って立ち上がり、そして歩き出す。


(フットザール家は、狂っている。……ん?)


 その時、アルは上空に何かの影を見つけた。

 鳥かと思ったが、魔獣が押し寄せてきている山の中に動物がいること自体おかしな話だ。

 ならばいったいなんなのか──その答えは明白だった。


「空を飛ぶ魔獣か!」


 魔獣の狙いはただ一人。

 エサと認識している人間の群れからはぐれた脆弱な女の子、ブリジットだ。


「ま、魔獣だああああっ!」


 そして、ブリジットの前を進んでいた男が気づいた時にすでに遅かった。

 ブリジットと男の間に降り立った魔獣は、視線を左右に動かした後、ブリジットを標的とする。


「そいつの相手は忌み子がやる! 我らは先に進むぞ!」

「そ、そんな! 止めて、お父様!」

「貴様に父と呼ばれる筋合いはない! ……せいぜい、邪魔だけはするんじゃないぞ?」


 そして、ジルストス率いる集団は、逃げるようにしてその場を離れていった。

 普段の魔獣であれば、集団に襲い掛かり一人でも多くのエサを得ようとしたかもしれないが、今回は何故かブリジットから視線を放さない。

 確実に狩れるエサだと認識したのか、あるいは──


(フェルモニアがこの先にいるからなのか。……いや、どちらにしても時間がないか!)


 アルは集団が山の中に消えたのを確認すると、木の影から飛び出す。


『キシャアアアアアアッ!』

「いやああああああっ!」


 山の中には、迫る魔獣に恐怖したブリジットの悲鳴がこだました。

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