第230話:スタンピード⑩
※※※※
エルザと別れたアルは戦域を徐々に中央へと移していた。
中央にはジラージやガバランを含めた冒険者の主力部隊が集まっているが、その変わりに魔獣の数も多くなっている。
一度崩れてしまえば冒険者はもちろんのこと、ユージュラッドにまで魔獣が到達してしまう恐れがあった。
「はあっ!」
『ゴベバラッ!』
「ふんっ!」
『ブジュララッ!』
「そりゃあっ!」
『ピギャギャアアアアッ!』
そして、アルの選択は正しかった。
一進一退の攻防が続いており、押されてはいないものの持久戦となればこちらが不利となる。
さらに、中央には大将首を討伐すべくフットザール家が前線に出てきている。
もし、魔獣に押されでもすれば冒険者を巻き込んでの広域魔法が放たれる可能性もあると踏んだからこそ、右側から中央まで移動してきたのだ。
「ガバランさん!」
「アルか! すまん、助かったぞ」
数分前、アミルダとペリナによる広域魔法が発動されて中央につながる山道の地形が変わっている。
あの魔法がここに放たれていたらと考えると、アルであってもゾッとしてしまう。
「おうっ! アルじゃねえか!」
「お疲れ様です、ルシアンさん」
「まあ、ひとまずは、だがな」
戦斧を肩に担いでフットザール家が進んで行った先に視線を向ける。
ジーレインに見られると文句を言われるだろうと隠れていたのだが、アルも彼らの装備を見ていた。
「……あれでは死にに行くようなものでは?」
「全く。アルにも分かることを、なんで大の大人が一緒にいるあいつらが気づかないかねぇ」
「ですが、彼らとてユージュラッドの上級貴族です。仕事は果たしてくれると思いますが」
ガバランの言う仕事というのは、大将首の討伐ではない。
「そうかあ? 上級貴族様だからこそ、自分たちの失態を隠すために失敗の狼煙を上げることを拒みそうだがなぁ」
ユージュラッド会議にて、それは決められたことだった。
大将首の討伐に成功すれば白い狼煙を。そして、失敗した場合は赤い狼煙を上げることになっている。
ジルストスは失敗などあり得ないと大口をたたいていたが、レオンやアミルダはほぼ確実に失敗するだろうと踏んでいた。
「誰か、偵察に出た方が良くないですか? もし失敗の狼煙が上げられなかったとすると、俺たちは大将首に奇襲を受けることもありますよ?」
それも、大量の魔獣を引き連れた大将首にだ。
「アミルダが言うには確か……あー、なんて名前だっけか?」
「フェルモニアですよ、ギルマス」
「おぉっ! そうだ、そいつだ。なんでも、魔獣が好む匂いを発しながら移動するってんだろ? 全く、迷惑な魔獣だぜ」
「そんな簡単な話をしているんじゃないんですよ! 強力な個体が大量の魔獣を引き連れてくるんですよ? それだけでも危機的状況じゃないですか!」
ガバランがやや怒鳴りながらジラージに詰め寄っている。
「そう怒るなよ。しかし、実際問題、魔獣がうようよいる山の中に送り出せるような奴がいないんだよなぁ」
「それは! ……そうですね」
「そうなんですか?」
「あぁ。Cランクの俺がギルマスの隣で戦ってるくらいだぞ? それ以上の冒険者が、今のユージュラッドにはいないんだよ」
「せめてBランク以上の剣士が必要だな。魔法だと、一度使ったら音で魔獣が寄って来ちまうからな」
この場ですぐに偵察として動けるのはジラージだけである。
しかし、ジラージには冒険者を統率する役割があり、むやみに持ち場を離れることができない。
「……それなら、俺が行きましょうか?」
となると、アルの選択は当然ながらこうなってしまう。
「いや、それはさすがに許可できんぞ」
「どうしてですか?」
「お前さんは最終的にフェルモニアを討伐するための切り札だ。それに、レオンも無理はするなと言っていたんじゃないか?」
図星である。
しかし、アルとしては無理をしているつもりは毛頭ない。
ただフットザール家の後方から様子を窺い、討伐失敗と見れば赤い狼煙を上げるだけだ。
あえて自分からフェルモニアに突っ込もうとはこれっぽっちも思っていなかった。
「アル。さすがに俺も承知しかねるな」
「ガバランさんもですか?」
「あぁ。アルの実力は知っているが、あまりにも危険過ぎる。それに、敵はフェルモニアだけじゃないし、山の中では視界も悪くなる。隠れている魔獣が突然襲い掛かってくることもあるんだぞ?」
そこでアルは考えた。
どうしたら自分が偵察として森の中へ入れるかを。
「……もし、俺が戻らなかったその時は、父上とルシアンさんが組んでください」
「おいおい、無茶を言うんじゃねえぞ!」
「元々はルシアンさんが父上と山に入るつもりだったんですよね?」
「それとこれとは話が――」
アルは間髪入れずにガバランへと顔を向ける。
「その時は、ガバランさんが冒険者をまとめてください」
「アル、無茶を言うな」
「何なら父上に声を掛けてください。父上なら、俺の選択を許してくれますから」
「おい! 止まれ、アル!」
そして、返事を聞くことなくアルは山の方へと駆け出した。
「大丈夫です! ちゃんと確認してから、赤い狼煙を上げますから!」
失敗が既定路線のまま話を終わらせたアルは、自然と笑みを浮かべたまま山の中へと消えていった。
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