第229話:スタンピード⑨
中央ではフットザール家が進軍を開始しようとしていた。
そのために露払いを行うべく同行しているのは、当初の予定通りにアミルダとペリナである。
「失敗は許されんぞ、アミルダ」
「心得ております、ジルストス様」
馬上から指示を出すジルストスに対して、アミルダは恭しく頷き正面を向く。
フットザール家の関係者から顔が見られないと分かった途端に表情が崩れたのを見て、ペリナは嘆息してしまう。
「では、やりましょうか、ペリナ」
「……はい、アミルダ様」
自分に対しても丁寧な口調で話し掛けてきたので、ペリナは背筋に寒気を感じてしまう。
それでも、フットザール家の前で失敗は許されないことも確かなので気を引き締めてペリナも正面を見据える。
「アミルダ様、冒険者はいかがなさいますか?」
「避けましょう。山道のさらに奥、そこに集合している魔獣に対して魔法を――」
「構わん。冒険者ごと、魔獣を抹殺するんだ」
ジルストスの言葉に、アミルダとペリナの背中からは大量の汗が噴き出した。
悟られてはいけない、そう思っていても見えないところでは反応してしまう。
これが、本来の貴族の姿なのだと。自分より下の人間を人間とは見ていない上級貴族なのだと。
「……分かりました」
「もう一度言っておくぞ、アミルダ。失敗は許されんぞ?」
「……心得ております」
一度目を閉じたアミルダは気持ちを落ち着かせると、小さく深呼吸をして目を開けた。
視界の中には魔獣と切り結ぶ冒険者の姿が飛び込んでくる。
自分の魔法でその命を奪うかもしれない。自分の我儘のせいで、その命を。
「――! ……やるわよ、ペリナ」
「や、やるんですか? ……あぁ、なるほど」
アミルダの真意に気づいたペリナは苦笑しながら頷き、二人して広域魔法の準備に取り掛かる。
中央の戦場となっているその頭上ではアミルダの魔法による魔法陣が、そして地面にはペリナの魔法による魔法陣が構築されていく。
魔獣を一掃するにはこの方法しかない、そう思いながらも全く悪いとは思っていないジルストスの目の前で、二つの魔法陣は戦線のさらに前方へと移動した。
「なに!? アミルダ、貴様!」
「落ち着いてください、ジルストス様。目の前の戦場においては、魔獣の姿はすでにございません」
「何を言っている! 魔獣は今も冒険者と交戦中……交戦……な、なんだ、と?」
驚愕しているのはジルストスだけではなかった。
フットザール家の全員が、口を開けたまま固まってしまったのだ。
「このまま魔法を放てば、私たちはただの人殺しになってしまいます。故に、魔法を戦線のさらに前方、山道へ向けて放ちます。以降はジルストス様の号令一下、大将首を取ってきてください」
「構築、完了しました!」
「いくわよ、ペリナ!」
「はい!」
ジルストスの返事を待たず、アミルダとペリナは広域魔法を発動させた。
山の地形を変えてしまうほどに地面が抉れ、陥没し、魔獣を巻き込みながら渦を巻いていく。
頭上からは黒い雷が迸り、魔獣を炭化させながら地面すらも焦がしていく。
肉を焦がす悪臭が周囲に広がりジルストスが腕で鼻を覆うと、直後には風が巻き起こり臭いを吹き飛ばし拡散させた。
「……これで、魔法の範囲内にいた魔獣は姿形を残していないでしょう」
「……地中の魔獣も同じく。細切れとし、大地に返ったことでしょう」
アミルダとペリナが順に告げると、ジルストスは冷汗を流しながらも威厳を保つかのように言い放つ。
「……よく、やってくれた」
最初だけは僅かに声が震えていたものの、すぐに立て直して背筋を伸ばす。
「いいか、フットザール家の諸君! 我らが大将首を討ち取り、スタンピードを終わりへと導くのだ!」
「「「「「……お、おおおおおおおおぉぉっ!!」」」」」
一拍を置き、ジーレインを含む魔法師たちから声があがった。
「アミルダ、そしてペリナよ。特別に、お前たちの同行も許そうと思うが、どうだ?」
先ほどの魔法の威力を見たからか、ジルストスは二人にそのような提案をする。
「いいえ、ジルストス様。私たちは、先ほどの魔法で全ての魔力を使い果たしてしまいました。今のままでは、足手まといになってしまいます」
「その通りです。ジルストス様の前で、みじめな死体姿を晒すわけにはまいりません」
ここでもアミルダ、ペリナの順でそう告げると、道を開けて進むようにと促した。
「それもそうだな。うむ、ではしっかり休んで、残る残党を片付けるがいい!」
そう言い残して、フットザール家は意気揚々と中央の山道へと進んでいく。
その姿を見送ったペリナは大きく息をつき、アミルダはニヤリと笑った。
「……はああぁぁぁぁ。全く、上級貴族は冒険者を何だと思っているんでしょうか」
「あいつらにとって、冒険者は平民と同じなのよ。それにしても、助かったわね」
アミルダが魔法を前方へ向けることができたのは、視界に飛び込んできたとある人物のおかげだった。
異常ともいえる速度で動き回り、魔獣を斬り伏せ、吹き飛ばし、焼き尽くしていく。
彼がいなければ、本当に広域魔法を冒険者が殺到する戦場に放たなければならなくなるところだった。
「……でも、どうしてアル君がここにいたんでしょう?」
「大方、レオンが思う存分暴れてこいとか言って、送り出したんじゃないかしら?」
先ほど浮かべていた疲労困憊といった表情はどこへやら、大きく伸びをしながら後ろに下がっていくアミルダ。
それに続くようにしてペリナも歩き出したのだが、一度だけ戦場へ振り返る。
「……アル君、もういないわ」
今も別のどこかで剣を振るっているのだろう、そう思いながら再び歩き出したペリナなのだった。
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