第227話:スタンピード⑦

 ――そして、ついに先行してきた魔獣の姿が視界に広がってくる。

 幸いなことに、西には雄大な山が連なっており、面で攻めてくることはない。

 いくつもある山道からなだれ込んでくる形なので、そこめがけて魔法を放ち続ければある程度の数を削ることは可能だ。

 最初に迎撃に当たるのは後方に控えている魔法師たちだ。

 それぞれが持ち場の山道めがけて得意な魔法をこれでもかと放ち続ける。


「おいおい、あれじゃあ魔法同士が相克を起こして威力が半減するんじゃねえか?」

「全く、その通りですね」


 嘆息しながら呆れた声を漏らしているのはジラージとガバランだ。

 火属性と水属性、木属性と土属性、光属性と闇属性。

 相克を起こす属性については魔法学園で習っているはずだが、それすらも自分の戦果を優先して意識することができないほどに思考が停止している。


「……あの中に、ノワール家が入っていないのはさすがというべきかな」

「まあ、レオンがそんなバカみたいなことをするはずがねぇわな」

「それに、エルドア家も周囲を見ながら魔法を放っていますね」

「エルドア家? ……あぁ、確か下級貴族だったか。全く、ユージュラッドの貴族は下級貴族の方が優秀なんだなぁ」


 ボリボリと頭を掻きながら、ジラージは戦斧を片手に冒険者たちの前に出る。

 魔法を掻い潜って迫ってきている魔獣がもうすぐ冒険者が待ち構える第一陣とぶつかるからだ。


「なるほど。ノワール家は魔獣が左右に流れないように中央には配置されていないみたいだな」

「違うだろう。上級貴族が中央を陣取って、追いやられたんじゃないか?」

「だとしても、それなら好都合です。俺たちは、中央に漏れ出てきた魔獣に集中できますからね」

「……確かに、その通りだな!」


 ガバランの言葉に獰猛な笑みを浮かべたジラージは、戦斧を掲げて号令を放つ。


「てめえらっ! 後方でふんぞり返っている貴族どもに、冒険者の実力を見せつけてやれっ! そんでもって、報酬をぶん取ってやるぞおっ!」

「「「「「おおおおおおおおぉぉっ!!」」」」」


 貴族が手柄を奪い合うのに対して、冒険者は相手の手柄を奪うことはしない。それが暗黙のルールになっているからだ。

 もし手柄を奪おうとする者がいれば、別の冒険者が証言してくれることも多く、そこから手柄を奪うということをする者は激減している。

 小型の魔獣ならいざ知らず、中型から大型の魔獣を討伐した者は、その首を持っていけば通常分とは別に特別報酬を手に入れることができるのだ。


「ぶっ殺せええええええええぇぇっ!!」

「「「「「おおおおおおおおぉぉっ!!」」」」」


 そして、冒険者と魔獣がぶつかった。


 ※※※※


 ジラージたちの予想通り、ノワール家の面々は左右に陣取って魔獣が逃げ出さないように注意を払っていた。

 左にはラミアンとキリアン、右にはレオンとアル。

 遠くからではあるものの、アルは冒険者と魔獣がぶつかったのを見て武者震いしていた。


「……行きたいのか? アル」

「……バレましたか?」

「そんな顔をしているからな」


 顔に出しているつもりはなかったが、久しぶりの戦場を前にして隠し切れていなかったようだ。


「いいぞ、思う存分暴れてこい」

「……いいんですか?」

「あぁ。こっちには下級貴族が多いからな。ある程度なら私の支持に従ってくれる。それに、アルの魔法装具は前線に出てくれた方が力を発揮するだろう?」


 ニヤリと笑みを浮かべたレオンに、アルも似たような笑みを浮かべて力強く頷いた。


「心配はしていないが、危険だと判断したらすぐに下がれ。一人で対処できそうもない魔獣がいればジラージに報告しろ!」

「分かりました! それでは父上、失礼します!」


 言うが早いか、アルは全速力でやや押され気味になっている右側の前線へと駆けていく。


「……全く、若いというのは羨ましいものだな」


 そんなことを呟きながら、レオンは無数の水の槍を顕現させて上空に並べていく。


「一匹たりとも逃がすつもりはない。まだまだ物足りないが、しばらくは付き合ってやるとしようか!」


 ノワール家当主が使用を許されている魔法装具をレオンが振り抜くと、全ての水の槍が魔獣へと突き刺さり、そして絶命させていく。

 それも人と人の間を縫うようにして放たれたものまであり、近くにいた冒険者は驚愕に目を見開いている。

 他の魔法師の奮闘もあり、右側の魔獣は順調にその数を減らしていた。

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