第226話:スタンピード⑥
──そして、夜が明けた。
ユージュラッド西の門の前には多くの魔法師が列を成しており、さらに前線では冒険者が武器を手に壁を形成している。
これがガバランが懸念していたことであり、今回もやはりこうなったかと嘆息している。
だが、ノワール家に話が通ったことで冒険者の間からは安堵の声が漏れていた。
「他の貴族魔法師は、正直、役に立たねえからなぁ」
「後ろに隠れてポンポン放たれる魔法に威力があると本当に思っているのかねぇ」
「バカ! 聞こえるだろうが……まあ、聞こえるほど近くにいないけどな」
ドッと笑いが起きると、それをジラージが大声で制した。
「お前らあっ! ここはこれから戦場になるんだぞ、気を引き締めろよ!」
大声と同時に地面へ巨大な戦斧を地面に叩きつける。
地面が揺れ、緩み掛けていた冒険者たちの気持ちが一気に引き締まる。
ジラージはギルドマスターとなり戦場を久しく離れていたとはいえ、冒険者としてはSランクまで上り詰めた実力者だ。
本来なら、フットザール家と一緒になって大将首の討伐に手助けをする立場にあるのだが、今は冒険者を束ねる役割を担っていた。
「……ギルマス。あっちの貴族は本当に大丈夫なんですか?」
ジラージの隣に立っていたガバランが声を潜めて質問する。
「あぁ、問題ないんだろう。こっちに声も掛かっていないし、わざわざ俺から声を掛ける義理もないからな」
「そうですか。でも……あの貴族、多分死にますよ?」
ガバランが心配しているのは、大将首を取ると息巻いているフットザール家の面々だ。
当主のジルストスを筆頭に、家族総出で出てきている。
その中には当然ジーレインの姿もあり、ここで戦果を立てて魔法競技会の代表に返り咲くことを企んでいた。
「……まあ、あちらさんは上級貴族だ。それなりの準備をしているだろうし、平民であるこちらの意見なんて聞いてくれんだろう」
「それなりの準備、ねぇ」
ジラージが
最前線に出て大将首を取ると息巻いているにもかかわらず、その装備は自らの命を守るためのものであると一目で分かってしまったからだ。
これはジラージだからというわけではなく、ガバランからも一目瞭然だった。
スタンピードを前にして、命を守るために最前線に出るとは矛盾も甚だしい。
だからこそ、ガバランは心配になり声を掛けたのだ。
「まあ、俺たちはギルマスの指示に従います。その方が、生き残れる可能性は高そうですから」
「もし、俺に何かあれば、ノワール家を頼るんだな。下級貴族だが、あちらさんよりも断然、頼りになる」
上級貴族をあちらさん呼ばわりしているジラージに、ガバランは笑みを浮かべながら離れていった。
(さて、本当にあんな装備で大将首を取るつもりなのかねぇ。俺たちから見れば、自殺しに行くようなもんなんだがなぁ)
外壁の内側でのうのうと生きてきた貴族にとっては当然でも、冒険者から見れば笑いたくなるような無駄な装備類に、ジラージは顔には出さずとも内心では盛大に溜息を付いていた。
「……あいつが戻ってきてくれれば、確実に勝てるんだがなぁ」
急ぎの手紙を飛ばしている。もし近くにいてくれれば駆けつけてくれるだろう。
だが、ジラージとしてはここにいない戦力を当てにするわけにもいかなかった。
※※※※
ノワール家や後方支援を担当する魔法師を束ねている者は──いなかった。
というのも、各貴族が自分勝手に動いているので全員を従わせようという者がいないのだ。
実力的に見ればレオンが束ねるべきなのだが、下級貴族ということで従わない者の方が多くどうしようもない。
「……父上、これで本当によろしいのですか?」
前世では国家騎士団長として多くの騎士を束ねてきたアルとしては、この状況は看過できるものではない。
だが、レオンは無理に従わせることの方が危ういと口にした。
「口だけの信頼では、本当に危なくなった時に言うことを聞かなくなるだろう。今はこれでいいんだ。……まあ、本来ならばこうなる前に指示するものを決めなければならないんだがな」
頭を抱えているのはレオンも同じだった。
だが、今はこれでよくても、どうにもならない状況に陥ることも考えられる。
その時には、実力行使だとも口にした。
「目の前で圧倒的な実力差を見せつければ、従わざるを得ないだろう」
「……そうならないことを願うばかりですね」
「そうか? 一度見せつけておけば、次からはすんなり従ってくれそうだがな!」
そこで豪快に笑うあたり、レオンの性格をアルは見誤っていた。
普段は冷静沈着を装っているが、その本質は敵と見なした相手を容赦なく叩き潰し、心が完全に折れるまで徹底的にやる男なのだ。
「驚いたかい、アル」
「キリアン兄上は知っていたんですか?」
「兄弟の中では、一番間近から見てきたからね。まあ、僕も最初は驚いたけどね」
そう口にしてキリアンは苦笑する。
アルは自分がノワール家の子供として転生したのが、運命だったのかもしれないと思うのだった。
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