第225話:スタンピード⑤

 リーズレット商会に到着したアルは、すぐにリリーナとクルルに声を掛けた。

 そして、目の前で魔法装具を取り出し手渡したのだが、当然ながら二人は驚愕して押し返してくる。


「こ、こんな高価なもの、貰えません!」

「っていうか、どっから持ってきたのよ!」


 そこでアルが事情を説明すると、二人は本当に自分たちが貰っていいのかと何度も確認をしてきた。


「あぁ。俺の知る限り、二人が適任だ。リーンさんも納得してくれている」

「しかも、あのベル・リーン様の作品なのですね」

「……これ、リーズレット家の家宝にしなくちゃ」


 明日には戦場になるはずだと伝え、なるべく魔法装具に慣れておくよう言い含めておく。


「ジーナさんも大変だと思いますが、リリーナの側を離れないようにお願いします。フットザール家が大将首を取ってくれれば問題ありませんが、失敗すれば乱戦になることもありますから」

「心得ております。アル様も……御武運を」


 外で口に出せはしないものの、エルドア家にはレオンとアミルダの思惑が伝わっている。

 ジーナはフットザール家が失敗した時のことを考えているからこそ、今の言葉を口にした。


「分かっています。では、俺は他にも準備がありますから失礼します」


 早口にそう伝えると、アルはリーズレット商会を後にして冒険者ギルドへと向かった。


 ※※※※


 ユージュラッドの冒険者ギルドには初めて足を運んだのだが、目的の人物はすぐに見つかった。


「──彼なら問題はない! 実力なら、Aランクにも匹敵するんだ!」

「──だからと言って、子供に命運を託すのもどうかと思うが?」

「──私も保証しよう。アルなら私の背中を任せられる」


 怒鳴り声を上げている人物──ガバランを探していたのでそちらに向かうと、そこにはレオンともう一人、大柄で髭面の人物が頭を抱えていた。


「どうしたんですか、父上。ガバランさん」

「「アルか!」」

「……その少年が?」


 名前が聞こえていたので問題の中心に自分がいることを予想していたアルは、特に驚くこともなく三人の輪の中に入っていく。


「それで、俺の名前が聞こえてましたが?」

「あぁ、それなんだが……」

「ジラージが頑固者でな、それで揉めていた」

「おい、レオン! 話を端折り過ぎだろうが!」


 嘆息しながら怒鳴るギルドマスター──ジラージ・ルシアンは、揉めていた内容を事細かに説明してくれた。

 長々と説明してくれたのだが、要約すると──子供に危険を冒させたくない、というものだった。


「レオンが行くなら俺がついていくと言っているんだが、こいつらは拒否してきやがる」

「冒険者をまとめるのがお前の仕事だろう」

「レオン様の言う通りです。ギルマスは頭が固いんですよ」

「て、てめえらなぁ!」


 口は悪いが、子供を守りたいという思いが伝わってくるので、アルとしては悪い気はしない。

 だが、子供だからと戦力を温存できるほど楽な戦いではないことも事実なので、アルから声を掛けることにした。


「でしたら、ルシアンさん。俺と模擬戦をしませんか? 実力を把握してもらえたら、前線に出ることをお許しください」

「……ちなみに、レオン。こいつはお前より強いのか?」

「総合的に見れば、強いだろうな」

「……ってことは、ノワール家で一番強いってことか?」

「先日、キリアンにも勝っていたぞ」

「さっきも言いましたが、アルはオークロードも倒していますよ」


 レオンより強いというのは言い過ぎだし、オークロードはガバランたちがいなければ倒せなかった。

 だが、ここで変に謙遜すると話がややこしくなるので、あえて口を噤みただ笑みを浮かべている。

 その表情を見たからか、ジラージは今日一番の溜息を付くのと同時に、アルの頭を乱暴に撫でながら前線へ向かうことを承諾した。


「なら、模擬戦なんて必要ない。俺もお前のことを信用してやる」

「……ありがとうございます、ルシアンさん」

「かしこまるんじゃねえよ。気安くジラージさんって呼べや」

「アル、呼び捨てでも構わんぞ?」

「お前はもうちょっと敬え、ガバラン」

「いや、呼び捨てにしろ、こんな奴」

「レオンは言い過ぎだろうが!」


 スタンピードが迫っているというのに、ここだけはとても賑やかな笑い声に包まれている。

 冒険者は常に魔獣と相対しており、いついかなる時も命の危険と隣り合わせだ。

 そんな彼らだからだろうか、やることは変わらないと普段通りを心がけているのだろう。


「アルも来たことだし、せっかくだからもっと深い話をしようじゃないか」

「おっ! いいねぇ、そういうのを待ってたんだ。ガバラン、お前も来いよ」

「お、俺もですか?」

「今のユージュラッドじゃあ、お前が冒険者の中で上の立場になるんだ。アルにも信用されているんだろう? だったら構わねえ、いいだろう?」


 ジラージがレオンに同意を求めると、無言で頷く。

 それを見たガバランはゴクリと唾を飲み込んだが、覚悟を決めたのか二人の背を追い掛けて歩き出す。


「さて、本格的な話し合いになるかな」


 アルもすぐに追い掛けて歩き出すと、向かった先はギルドマスターの部屋だった。

 レオンはここで、フットザール家が失敗した後のことについてを口にする。

 そして、これがレオンとアミルダが考えている本筋であることも説明された。


「……おいおい、それってことは、まさか?」

「……俺は、恐ろしいことに足を突っ込んだんですね」

「……お前たちだから話した。他言は無用だぞ?」


 ユージュラッドの存亡が懸かったスタンピードを目の前に、レオンとアミルダの企みを聞いた二人は顔を青くしたものの、それが最善だと考えて頷いた。

 アルもここまでの話は聞いていなかったが、そういうことだろうと予想はしていた。

 だからなのか、落ち着いて話を聞いているアルに、二人は末恐ろしいものを感じていたのだった。

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