第223話:スタンピード③
「──旦那様」
そこにチグサから声が掛かる。
「どうした?」
「来客のようです。以前にアルお坊ちゃまの護衛をしていたガバラン・ゾッドという冒険者です」
「ガバランさんが?」
アルは何事だろうかと思っていたが、来客はガバランだけではなかった。
「それと、ベル・リーン様もこちらへ向かっております」
「ベルも?」
今度はラミアンが首を傾げる。
スタンピードに対する準備で忙しくしており、最近はラミアンから連絡を取ったこともなかったのだ。
「いかがなさいますか?」
「……応接室に通せ」
「かしこまりました」
ドアの前から移動していくチグサを見送ると、レオンはアルとラミアンを伴って応接室へ向かう。
キリアンたちはそのまま話し合いを続けた。
応接室に到着すると、ガバランがソファに腰掛けており、同じタイミングでベルがチグサの案内で姿を見せた。
「あら、先客がいたのね」
ベルの言葉にガバランが立ち上がると頭を下げる。
レオンが二人に簡単な挨拶を済ませて座らせると、最初にガバランの話を聞くことにした。
「冒険者ギルドにて、フットザール家がスタンピードの大将首を討ち取ると聞きましたが、それは本当なのですか?」
「本当だ。事実を確かめるなら、ここではなくフットザール家に行くべきではないかな?」
ガバランの真意を探っているレオンは、やや高圧的な態度で返答する。
だが、ガバランはそんな態度を目にしても怯むことなく本題に入った。
「では、ノワール家が後方支援というのも本当ですか?」
「その通りだ。それがどうしたというのだ?」
「はい。我々冒険者が最前線で魔獣を押し止めている間、魔法師が魔法を放つと思います。その際、冒険者を巻き込まないようにしていただきたいのです」
「……だが、後方支援は我らだけではない。他の貴族家もいるのだぞ?」
その言葉を受けて、ガバランはニヤリと笑った。
「ノワール家の魔法が一番驚異だからです。特にアルの魔法は威力、速度共に驚異的です。ある程度の魔法なら見てから回避もできるでしょうが、ノワール家の魔法は難しい。ですから、お願いにあがりました」
貴族家の魔法師は優秀だが、それも一昔前までだ。
今では自らの地位をより高めるために尽力するあまり、魔法師の質を落としてきている。
ノワール家のように魔法師としての腕を磨いている貴族家もあるにはあるが、それも少なくなってきていた。
「……当然のことだな」
「それが当然とされてこなかった歴史がありましたから。無礼なお願い、申し訳ありませんでした」
頭を下げたガバランを見て、レオンの表情が応接室に来て初めて柔らかなものになる。
「しかし、アルの夏休みに拝見した君とは全く違うのだな」
「あ、あれは、その……師匠のせいと申しますか、なんと言えば良いのか」
「そうだったな。アミルダからも話は聞いているから気にするな。それと、固くならずとも良いよ。君はアルと死地を共にした仲なのだからな」
顔をあげたガバランが見たものは、息子の頭を撫でる優しい父の顔をしたレオンだった。
「……ありがとうございます」
安心した表情を浮かべたガバランを見て、アルが声を掛けた。
「ガバランさんも参加するんですか?」
「そうだ……いや、そうです」
「普通に話してください。いいですよね、父上」
「構わんよ。友人であればな」
貴族の子息と、それも父親の前で普通に接していいのかとも迷ったが、アルの父親なのだから普通の貴族とは違うのだろうと思うことにした。
「分かったよ。俺も参加するし、エルザも参加だ。というか、Dランク以上は強制参加みたいなもんだな」
「そうなんですね。ご武運を祈っています」
二人の会話が終わったと見るや、今度はベルが口を開いた。
「あなたは魔法師の冒険者かしら?」
「えっと、そうです」
「あぁ、失礼。僕はベル・リーン。魔法装具師だよ」
「魔法装具師の、ベル・リーン……まさか、リーン魔法装具店の、ベル・リーン様ですか!?」
ベルの正体を知ったガバランは目を見開いて驚いている。
「あら、知ってくれているのね」
「もちろんです! 魔法師ならば誰もがあなたの魔法装具を手にしたいと考えますから!」
「よかったわね、ベル」
ラミアンが笑顔でそう伝えると、何故かベルはニヤリと笑った。
「そんなガバっちに朗報よ」
「ガ、ガバっち?」
突然変な呼び名を与えられてしまい困惑したガバランだったが、ベルは気にすることなく話を進める。
だが、その内容はガバランにとって朗報に間違いなかった。
「私が作った魔法装具をもれなくプレゼント! 限定五名までだけど、そのうちの一つをガバっちにあげちゃおう!」
冷静なガバランも、ベルの朗報を耳にして口を開けたまま固まってしまった。
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