第222話:スタンピード②

 ノワール家では家族全員がレオンの部屋に集まっている。来たるスタンピードに向けての話し合いを行うためだ。


「ノワール家は後方支援という形になった」

「文句を付けてきたのはフットザール家、でしょうか?」

「だろうな。トーナメント戦でもアルにやたら絡んできていたからな」


 レオンの言葉にアルが質問し、それをガルボが肯定する。

 それを否定しないレオンを見て、間違いないのだと理解したアルは嘆息を漏らす。


「全く。スタンピードという大事において、ここまで利権を重視するとはな」

「まあ、それが貴族と言うものよ、キリアン」

「なんだか嫌な話ですね、キリアンお兄様」


 アルと同じように嘆息するキリアンにラミアンが笑みを浮かべながら答えると、アンナが疲れたような表情を浮かべた。


「しかし、父上はただ後方から見ているだけ、なんてことはしないのでしょう?」

「……ふふ、よく分かっているじゃないか」


 そもそも、アミルダの話ではノワール家の四人、そしてアミルダとペリナの二人で計六人が主力となる予定だった。

 アミルダとペリナはともかく、主力四人が前線に出ないというのは考え難い話である。


「アミルダとペリナは確かに露払いはするが全力ではない。その後の大将首討伐において、フットザール家が討伐してくれればそれはそれで問題ないが、もし失敗してしまったら──」

「私たちの出番、ということですか」


 レオンの言葉をいち早く理解したラミアンが口を開き、全員が頷く。


「そうなった場合、今度はアミルダたちに加えてキリアンとラミアンも露払いを頼む。そして、ラミアンには前線維持のために回復も頼みたい」

「はい」

「心得ました」


 キリアンとラミアンが順に返事をする。


「そしてアルだが──私と最前線に出て大将首討伐を頼みたい」

「……俺が、ですか?」

「そうだ、お前がだ」


 自分がレオンと並び立ち最前線で戦うことになるとは思ってもおらず、アルは驚きのあまり聞き返してしまう。

 だが、レオンは即座に返答し事実だと伝える。


「キリアンとの模擬戦を見て、さらにチグサを超える剣術を身に付けているお前なら、最前線に出しても問題なく戦えるだろう」

「……ということは、俺が斬ってもいいんですね?」


 斬る、という言葉にレオンはピクリとこめかみを動かしたが、直後には片方の口端を吊り上げて笑みを浮かべた。


「もちろんだ。思う存分に斬って、斬って、斬りまくるがいい」

「承知いたしました。その役目、お引き受けいたします」


 レオンから許可を得たということは、誰の目も気にすることなく、思うがままに剣を振ることができるということ。

 スタンピードという存亡の危機を前にして、アルは場違いにもどこかワクワクしてしまう。


「あの、父上」

「私とガルボ兄上は?」

「……二人はここで待機だ」


 名前が挙がらなかったガルボとアンナの問いに対して、レオンははっきりとそう口にする。

 しかし、二人はすぐに納得することができなかった。


「そ、そんな!」

「私たちも戦えます!」

「ダメだ。ガルボはダンジョンで魔獣と相対しているだろうが、野生の魔獣はまた違う危険性を秘めている。それにアンナは論外だ。学園に入学もしていないお前に戦わせるわけがないだろう」

「しかし、アルはよくてどうして俺はダメなんですか! 確かにアルや兄上のようには戦えませんが、多少の露払いくらいならやってやれます!」

「わ、私だって、怪我人の治療くらなら可能です!」


 頑として諦めようとしない二人にレオンは嘆息しているものの、ここだけは譲れないと毅然とした態度で睨みつけた。


「ダメだ。ノワール家当主として、お前たちの参戦を許すわけにはいかない」

「「──!!」」


 レオンの言葉には厳しいながらも愛情が込められている。それ故に子供たちも自然と従い、それが正しいことなのだと理解することができる。

 しかし、今回の言葉には有無を言わせない威圧感が込められており、二人はこれ以上言葉を尽くすことができなくなっていた。


「……ガルボ、アンナ。スタンピードというものに絶対はないわ。私たちも魔獣がユージュラッドに侵入しないよう全力を尽くすつもりだけど、どこかに穴が生まれるかもしれないわ。あなたたちは、魔獣が足を踏み入れてきた時に民を守って欲しいのよ」


 ただ置いていくわけではない、もしもの時の戦力として考えているのだとラミアンが口にする。


「魔獣が一匹でも侵入してしまえば、多くの民に犠牲が出るだろう。力ある者が前線に出ている中で魔獣を討伐するのは容易ではないかもしれん。だが、お前たちならそれができると、私は信じているよ」


 ラミアンの言葉に追従する形でレオンが言葉を重ねると、ガルボもアンナはゆっくりと頷いていた。


「冒険者の都市の中に残るのはランクの低い者だけらしいからな。何かあった時はガルボ、よろしく頼むよ」

「……分かってます、兄上」

「わ、私もいますからね! キリアンお兄様!」

「あぁ、分かっているよ、アンナ」


 そう、レオンが言う通りスタンピードにおいて絶対は存在しない。

 自分たちにできることといえば、それぞれが全力を尽くすことのみ。

 ならばとアルは自らの剣技をもって大将首を討ち取ってやろうと、心に決めていたのだった。

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