第221話:スタンピード

 アミルダたちが会議を行ってから五日が経った頃、スタンピードに関する情報が本格的にユージュラッドに流された。

 冒険者ギルドのギルドマスターには事前に伝えられており、速やかな強制依頼の発令により多くの冒険者が名乗りを上げてくれた。

 それに合わせて貴族の子息からも手柄を立てようと名乗りをあげるものが続々と出てきている。

 しかし、ここで問題になったのが冒険者と貴族の立ち位置である。

 冒険者は当然ながら最前線で魔獣と戦うことが必要とされているが、貴族にはそれが必要とされていない。むしろ、安全な後方から魔法による攻撃が推奨されている。

 そうなると、最前線で戦っている冒険者が巻き添えになる可能性が高く、過去には実際に味方である魔法師の魔法によって冒険者が巻き込まれた事例が数多く上がっていた。


「おい、ギルマス! 貴族たちが参加するのを止めはしないが、最前線に出てくれるよう頼めないのか?」

「俺たちは巻き添えになって魔獣に喰われるなんて、絶対に嫌だからな!」

「私たちは囮じゃないのよ!」


 ユージュラッドの冒険者ギルドは荒れていた。

 一介の冒険者が貴族に歯向かうわけにはいかず、唯一交渉することができるギルドマスターに意を唱えているのだ。


「落ち着け、お前たち! 俺だってお前たちの命を蔑ろにしているわけじゃない!」

「だったらなんで出てこないんだよ!」

「……結局、貴族なんてもんは、自分の命が大事ってことだろうよ」


 もはや諦めてしまっているギルドマスターを見て、冒険者たちは勢いを落としていく。

 だが、そんな中で一人だけ口を開いた冒険者がいた。


「ノワール家はどうなんだ?」

「……ノワール家だと?」


 ギルドマスターの前に現れたのは、以前にアルと共に氷雷山へと登り、そしてオークロード討伐を果たした冒険者──ガバラン・ゾッドだった。


「あぁ。ノワール家は自分可愛さに民を蔑ろにするような貴族ではないはずだ。俺はそれを肌で感じたから知っている」

「……今回、ノワール家は後方支援に回っている」

「なんだと?」

「フットザール家を知っているだろう、上級貴族の。彼らが、スタンピードの大将首を討つべく打って出るらしい」


 ガバランは顎に手を当ててしばらく考え込むと、踵を返して歩き出す。


「お、おい、ガバラン!」

「少し出てくる。ギルマスはこの場を収めてくれ。上手くいけば、俺たちは助かるかもしれない」


 大声でそう口にしたことでギルドマスターだけではなく、他の冒険者の耳にも届いていた。

 全員が疑問に思いながらも、Cランク冒険者であるガバランの言葉を無視することもできず、ただただ困惑するだけだった。


 ※※※※


 民の間でもスタンピードの話題ばかりが耳に入ってきていた。

 貴族の噂に疎い者たちは上級貴族であるフットザール家が大将首を取るのだと聞いて安心し切っているのだが、そんな中でもあり得ないと首を横に振る者がいた。


「僕からすると、フットザール家はすでに落ち目の貴族なんだけどなぁ」


 魔法装具師であるベル・リーンは、自らが作り出した魔法装具を鞄に詰め込みながらどこかへ出かける準備をしていた。

 スタンピードが起こるのであれば魔法装具を買いに来る者もいるだろうに、お店はすでに閉店となっている。


「大事な僕の子供たちだ。無理な使い方をされて壊されたんじゃあ、かわいそうだからね」


 大きな鞄に荷物を詰め終わると、それを軽々と背負い立ち上がりお店を出る。

 向かう先はお得意様の屋敷だ。


「どうせラミアンのことだ、何か準備をしているだろうさ。僕にできるのは魔法装具を提供することだけだけど、少しくらいは助けになれるはずさ」


 一流の腕を持つベルの魔法装具は少しどころか、戦況を大きく変えるほどの効果を備えている。

 もちろん、凄腕の魔法師がいて初めて効果を発揮するのが魔法装具なのだが、幸いなことにノワール家にはその凄腕の魔法師が多く存在している。

 そして、不思議なことにその周囲にも魔法師が育ってきているのだ。


「これを機に、お得意様が増えてくれることを願うばかりだねー」


 そんな無粋な感情も抱きつつ、ベルは歩き出した。

 その横を目的地が同じ冒険者が追い抜いたことなど知らずに、ゆっくりと自分の歩幅で。

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