第219話:ユージュラッド会議
アルたちが練習に励んでいる頃、アミルダはユージュラッドで暮らす貴族の当主を集めて、来たるスタンピードに対する防衛について話し合っていた。
「私たちはあなたの駒ではないのですよ!」
「その通りだ! すぐにでも王都へ救援要請を行うべきだ!」
「こんなところで無駄死になんて、したくありませんわ!」
大多数の貴族がアミルダの主張──ユージュラッドの戦力だけで対抗することに反対していた。
「しかし、アミルダの見立てでは一週間以内には魔獣が押し寄せてくるんだろう?」
「今から王都に救援を送っても間に合わないのではないかしら?」
そして、賛成しているわけではないにしろ冷静に状況を見極めている者が少数おり、諸手を挙げて賛成しているのはノワール家当主のレオンくらいだろう。
そのレオンですら、内密に細かいところまで説明を受けてようやく納得したのだから、この場で簡潔に説明された内容では納得できる者がいないのも致し方ない。
「ですが皆様、ここで一つ武勲をあげれば、王都に居を構えることも可能となりましょう。私が言うのもなんですが、辺境の都市であるユージュラッドに留まることを良しとしているのであれば、今回の提案に乗らずとも構いません」
しかし、アミルダのこの発言を受けて多くの貴族が黙り込んでしまった。
貴族には野心の強い者が多く、王都に居を構えられるとなれば王族から認められたも同然となる。
それだけで周囲の見る目が変わり、地位と名誉を手に入れることができるだろう。
特に下級貴族や中級貴族は、上級貴族にいいように使われてきた者が多く、この機会に下剋上ができるとなればチャンスを逃すのが惜しいと感じる者も出てくる。
「……だが、スタンピードだぞ?」
「……本来なら、国が率先して鎮圧に当たるほどの災害を、抑えることができるのか?」
「……地位や名誉よりも、命を大事にするべきじゃないのか?」
それでもまだ足りない。
地位や名誉だけでは、命を懸けるにはまだ足りないのだ。
そこで次に見せたアミルダのカードはといえば──
「私と私の教え子も戦場に出ます。それも、最前線に」
「ヴォレストの教え子というと、ペリナ・スプラウストのことか?」
アミルダの発言に食いついてきたのはフットザール家当主である。
フットザール家はジーレインが魔法競技会の代表になれなかったことに意を唱えていたが、アミルダが公平な試合の中での結果だと押し切って突っぱねている。
そんなフットザール家からの質問ということで、アミルダは警戒しながらも素直に頷いた。
「その通りです、ジルストス様。ペリナの広域魔法は使い方次第でレベル5相当の威力を発揮します。私の闇魔法と組み合わせれば、相当数の魔獣を一気に削ることも可能でしょう」
「だが、それでは手柄をヴォレストとスプラウストが持っていくことになるだろう?」
「いいえ、私たちが手柄を得ようとは考えておりません。私たちは相当数の魔獣を削ることに全ての魔力を使うつもりです。ですが、それでも魔獣の勢いが止まることはないでしょう」
アミルダの言葉に数人の当主がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたが、気にすることなく説明を続ける。
「前線にいるのは足の速い比較的ランクの低い魔獣でしょう。それでも数の暴力で一気に潰されることが多いですが、私とペリナがそこを叩きます。皆様には、その後に控える大将首を討ち取ってもらいたいのです」
「……結局、一番危険な役目を我らにやらせると言いたいのだな?」
ジルストス・フットザールの言葉は、他の当主がアミルダに靡こうとしていた思考を一気に奪い取ってしまった。
大将首を討ち取れば一番の功績となり、地位と名誉の両方を手に入れることも可能かもしれない。だが、それは確約されたものではなく、そしてジルストスが口にした通りに危険な役目になってくる。
声を大にしてはいないものの、当主たちからはアミルダの提案を良しとしない意見が耳に入ってきた。
「……ならば、その役目はノワール家が頂いてもよろしいかな?」
反対意見に傾きかけた空気を一変させたのは、レオンの発言だった。
「フットザール家も、他の貴族家も、大将首を討ち取る気がないようですから、我らノワール家にその大役を任せてもらえるとありがたい」
「しゃしゃり出てくるな! 貴様ごとき下級貴族に何ができるというのか!」
怒声を響かせたのは、先ほどまで冷静にアミルダの意見を押さえつけようとしていたジルストスだった。
ジーレインが魔法競技会の代表になれなかったのが、ノワール家の三男であるアル・ノワールのせいだということは他の貴族の間にも広まっている。
魔法競技会の代表だけでなく、スタンピードにおける大将首討伐の功績まで奪われたとなれば、上級貴族のメンツが丸潰れになってしまう。
「ですが、フットザール家はいらないのでしょう? 大将首討伐の功績も、地位も名誉も」
「そ、そんなことは言っておらん! だが、危険な役目を押し付けるヴォレストの態度が気に食わないのだ!」
「なんの危険も犯さずして地位も名誉も得られるわけがありません。それとも、ジルストス様は誰かの手柄を横取りして今の地位にいらっしゃるのか?」
「貴様! 我らフットザール家を侮辱する気か!」
机に拳を叩きつけて立ち上がったジルストスの憤怒の瞳を、レオンは氷のように冷静な瞳で見据える。
他の誰も発言することができず、険悪な雰囲気のまま一分が経とうとした時だった。
「──ノワール家が参加するのであれば、エルドア家も参加させていただこう」
無言を打ち破ったのは、リリーナの父親であり、エルドア家当主であるロズワルド・エルドアだった。
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