第218話:リリーナの成長

 苦戦しているクルルの横で、リリーナが体内の魔力を感じ取っただろう気配をアルは覚えていた。

 これは魔力感知を習得した者にしか分からないことだが、リリーナの周囲に漂っていた魔力が自然の流れとは異なる動きをしているのだ。

 通常、空気中の魔力は人に触れることなく留まっている。それは人が動いた時も同じで、動きに合わせて触れないよう移動し、いなくなれば再び元の場所に戻って留まってしまう。

 だが、リリーナの周囲の魔力は自ら吸収されようと集まってきていた。


「へぇ。あの子、なかなかやるじゃないの」

「理解力があるのか、そもそも魔力操作が上手だったのかな?」


 模擬戦を終えたシエラとジャミールもリリーナの様子に気づいたのか、汗を拭いながら声を漏らしている。


「……ぐぬぬぅぅっ! あー、分かんないよ!」


 その時、クルルの方が忍耐力の限界を迎えて声をあげた。

 ここでリリーナの集中力が切れてしまうのはもったいないと感じたが、クルルも必死に魔力感知をしていたので文句は言えない。

 しかし、クルルがすぐ近くで声をあげたにもかかわらず、リリーナの集中力を途切れることなく魔力感知を継続していた。


「……クルル」

「えっ? ……あ、うん」


 アルがクルルを呼んで口に人差し指を当てながら手招きする。

 そんなアルの意図に気づいたクルルも口を押さえながら横に移動してきた。


「……ねえ、アル。リリーナって」

「……あぁ。上手くいっているみたいだな」


 いつの間にかアルたちの後ろには話し合いをしていたガルボたちも、そして謎の行動をしていたラーミアも集まり、全員がリリーナに注目していた。

 そんな状況が五分ほど経過した時、リリーナがゆっくりと目を開けた。


「ふぅ……えっ?」


 そして、全員の視線が自分に集まっていることにようやく気づくと顔を真っ赤にして下を向いてしまった。


「ど、どどどど、どうしたんですか!?」

「みんな、リリーナが魔力感知を習得したことに驚いていたんだよ」

「ま、まさか!? わ、私は、ただ体内の魔力を感じ取ろうと……って、あれ?」


 そこでリリーナもようやく気がついた。


「……いつもより、魔力が漲っているように感じます」

「それが、魔力感知を習得したという確かな手応えの一つだよ」

「そうなのですか?」


 空気中を漂っている魔力がより多く体内に吸収されることで、今までよりも魔力が蓄積されている。

 今はそこまで多くはないが、練習を続けることでその量も大幅に多くなるだろう。


「魔力操作も上手くなり、さらに魔力量まで多くなるのか」

「すごい技術だね、これは」

「私も負けていられないわね!」


 ガルボ、フォルト、フレイアの順に声をあげると再び練習を再開させる。


「わ、私も頑張らなきゃ!」


 次にラーミアが慌てたように声をあげた。


「あー、ガルボ兄上。ラーミア先輩をお願いできますか? 一人だと、不安なので」

「……それもそうだな」


 ガルボもラーミアの行動を見ていたので、嘆息しながら手招きして呼んでいた。


「それではジャミールさん、もう一度模擬戦をお願いします」

「えぇっ!? ちょっと、僕はできるだけゆっくりしたいんだけ──」

「お願いします!」

「……はい」


 半ば引きずられるように舞台に連れていかれたジャミールに申し訳なく思いつつも、今は戸惑うリリーナに言葉を掛ける方が重要だと感じて苦笑を浮かべるにとどめた。


「リリーナ、すごいわよ! いきなりやっちゃうなんて!」

「あ、あの、アル様。これは本当に、魔力感知なのですか?」

「その通りだ。そうだなぁ……試しに、俺の魔力を感知してみようか」


 そう口にしたアルは自らの魔力を動かして一ヶ所に集中させる。


「……右手、ですか?」

「正解だ。それじゃあこれはどうだ?」

「…………左足、でしょうか?」

「その通りだ」

「えっ、えっ?」


 何を言っているのか理解できていたクルルに、体内の魔力を右手や左足に集中させていたことを告げると、口を開けたまま驚いていた。


「へぇー、そんなこともできるのね。でも、それができたからどうだっていうの?」

「魔力が集まるということは、そこから何かしらの魔法が発動するということだ。そして、魔力が相手から切り離されたとなれば設置型の魔法、つまり罠にも気づきやすくなる」

「そ、そうなのね。……そんな魔法師がいるのかしら?」

「魔法を使うのは人間だけではない、ということですか?」


 いち早く理解したのはリリーナだった。

 魔獣の中にも魔法を得意とするものはおり、そういった相手は設置型の魔法を使うものも多い。

 魔法が人間だけのものと考えるのは大きな間違いだった。


「まあ、冒険者とかになればそういった魔法を使う者もいるだろうから、覚えておいて損はないよ」

「魔力操作が上達するなら、私にとってはありがたいことだもんね! よーし、私も頑張るわよ!」

「わ、私も、もっと上達できるよう努力します!」


 クルルのやる気にも火がつき、そしてリリーナも再び練習へと戻っていく。

 今回のスタンピードでどれだけの人間が生き残れるかは分からないが、ここにいる者だけでも生き残らせることが自分の使命だと、アルは勝手ながら感じていた。

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