第216話:突然の模擬戦

 ぶつかり合う剣と剣。

 魔法学園には似つかわしくない甲高い金属音が第五魔道場に何度も響き渡り、アルは心地よさを感じていた。


「少しばかり、手を抜いてもらえると、助かるんだけどね!」

「まさか! こんな楽しい模擬戦で、手を抜けるはずがありません!」


 冗談交じりにジャミールが口にしたのだが、アルは意に介さず攻め立てた。

 だが、ジャミールはその全ての攻撃を受け止め、捌き、機を見て反撃を試みてくる。

 チグサでもここまではできないかもしれない、そんなことを思いながら剣速をさらに上げて笑みを浮かべてしまう。


「仕方がない、これならどうかな!」


 ジャミールの言葉に続いて、アルは自身の視界に違和感を覚えた。

 目の前にいるはずのジャミールの体が歪み、そして二重に見え始める。


「これは――闇魔法か!」

「これでも学園長のはとこなんでね、心の属性は闇属性なんだよ」

「くっ! ……だが、まだまだあっ!」


 五対一の模擬戦の時にも口にしたが、今回の模擬戦でより確かにありがたみを感じてしまう。


「効果が、薄い!?」

「俺にだって、闇属性の適性はあるんだよ!」


 レベル1ながら闇属性を持っており、さらにペリナから貰った闇属性耐性を持つ魔法装具も相まって、ジャミールの魔法を軽減させることができた。

 しかし、今回はあくまでも軽減であり無効化できたわけではない。

 狂わされた視界の中でジャミールを捉えるのは至難の業だったが、できないわけではなかった。

 闇魔法をその身に受けたことでジャミールの魔力を感じ取ることができた。これはアルにとっては大きなアドバンテージとなる。


「目を、閉じたのかい?」


 キリアンとの模擬戦でも見せた方法でジャミールの位置を把握する。

 だが、光属性と闇属性では根本的に魔法の性質に違いが存在していた。


「……ちいっ! 面白い魔法の使い方をする!」

「さあ、目を開けないと僕が勝ってしまうよ!」


 キリアンは光の屈折を利用して自らの姿を隠しながら移動を繰り返していた。本体はその場所にあるのだから魔力を感じ取ることができればその位置を把握することが可能だ。

 だが、ジャミールの魔法は自らの魔力を切り離して意図的に本体とは別の場所に残すことで魔力を感じ取ろうとする相手に居場所を誤認させることができる。

 視界を奪われ、さらに魔力を感じ取ることすらできないとなれば、ジャミールの居場所を正確に把握することなど不可能に思われた。


「……ならば、残る四感全てを研ぎ澄ませるのみ!」


 視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚で表される五感のうち視覚はすでに奪われているが、残る四感は機能している。

 嗅覚で相手の匂いを嗅ぎ分ける。

 聴覚でわずかな音を聞き分ける。

 触覚で風の揺れ動きを感じ取る。

 味覚で空気に混じり合った自分とは異なる味を見分ける。

 戦闘に不必要と思われる味覚ですら総動員して、ジャミールの居場所を突き止めようと集中していく。


「来ないなら、僕から仕掛けさせてもらうよ!」


 ジャミールの心の属性は闇属性だが、他の属性レベルが低いわけではない。

 どのようにしているのかは本人しか知らないが、ほぼ同じタイミングで右からフレイムランス、左からウォーターランス、そして足元からツリースパイラルがアルに襲い掛かってきた。


「……」


 足が絡め捕られて動けなくなり、フレイムランスとウォーターランスが迫る中、アルはまだ動かない。

 衝突まで三秒……二秒……一秒……。


「――はあっ!」


 横薙ぎの一振りでフレイムランスとウォーターランスが斬り裂かれ、足に絡まっていたツリースパイラルの蔦も返しの刃で両断していく。

 自由を得たが優位はジャミールにある――と思っていただろう。


「こちらだ!」

「なあっ!」


 すでにジャミールの居場所を把握していたアルは一足飛びで迫りアルディソードを振り下ろす。

 グラムを振り上げて何とか防いだものの、虚を突かれたのかジャミールの動きは精彩を欠いている。

 この隙を逃すアルではなく、ここでマリノワーナ流を使い勝負を決めにいく。


「マリノワーナ流剣術――流線弧閃りゅうせんこせん!」


 流れるように連撃を繰り出しジャミールに反撃の隙を与えない。

 徐々に後退を始めた姿を見て、アルは左手で掌底を放ち、蹴撃を加えていく。

 剣術の中に体術を織り交ぜた連撃を受けて表情に余裕が無くなっていくジャミール。


「本当に、アル君は、強いんだね!」

「ジャミール先輩も、予想以上ですよ!」


 歯を食いしばりグラムを横薙ぎ、合わせてファイアボールを顕現させたジャミール。

 対して、アルは顕現した直後のファイアボールを斬り裂き、流れのままに回し蹴りからの袈裟斬りを放つ。

 一歩後退して回避するものの、アルは大きな一歩を踏み出して間合いを詰める。そして――


「これで、終わり――」

「参ったよ」


 最速の剣速を誇る弧閃こせんを放とうとしたアルだが、ジャミールの言葉を受けて首の横でアルディソードを寸止めする。


「……まさか、本気でやって負けるとは思わなかったよ」

「……まだ、何かを隠していそうですけどね」


 アルの言葉に肩を竦めながら答えたジャミールを手を出す。

 その手を掴んで立ち上がらせると、二人は満足気に笑みを浮かべた。

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