第214話:凶報と吉報
本格的な指導は三日後からのはずだったのだが、アルは翌日からアミルダに呼び出されていた。
こう何度も呼び出されては予定も立てられないと文句の一つでも言いたくなるのだが、今回の内容はユージュラッドの危機に直結する内容なだけに口をつぐむことにした。
「スタンピードが予定よりも早いかもしれない、ですか?」
「えぇ、その通りよ。幸いなことに、今回のトーナメント戦で恥をかかされた貴族たちが我先にと先鋒を申し出てくれているから時間稼ぎにはなるはずだけど、真の実力者を育てることが急務になりそうなの」
真の実力者と口にするあたり、先鋒になるだろう貴族が使い捨てになるのではと危惧してしまう。
しかし、ここまではアルもやたらと誹謗中傷を言われ続けてきたので別にいいかと触れないことにした。
「そこまで危険なら、やはり王都に救援を要請したらどうですか? 俺たちだけでスタンピードを乗り切ろうだなんて、はっきり言ってバカげてますよ?」
この場にアル以外の誰かがいたとしても、その意見は同じだっただろう。
そもそもスタンピードは一つの都市だけで抑え込めるものではない。もちろん十全に戦力を保有している都市なら別だが、ユージュラッドは辺境に位置する比較的小さな都市である。
そんな小さな都市にスタンピードを抑え込むだけの戦力があるはずもないのだ。
「そうかしら。私はやれると思っているわよ」
「……その根拠は?」
「純粋な戦力ね」
「俺はその戦力が欠けていると思うのですが?」
俺がそう口にすることが分かっていたのか、発言の直後にはニヤリと笑みを浮かべて根拠を教えてくれた。
「まず、この地には魔法技術に長けている魔法師が存在している。その筆頭というのが、レオン・ノワールよ」
レオンは王都の国家魔法師に誘われるほど魔法技術に優れている。
ユージュラッドの地に留まり続けているのはラミアンが平民出身であり、王都の生活に馴染めないだろうと思ってのことだが、今回はその決断がアミルダを後押ししていた。
「さらに、ラミアン・ノワールだって負けてないわよ?」
そしてラミアンもまた平民出身ではあるが光属性のレベル5という驚異的な魔法技術を持っている。
しかし、そこには大きな障害があることをアルは知っている。
「ヴォレスト先生は、体が弱い母上を戦場に立たせるつもりですか?」
抑えているものの、アルの体からは確かな殺気が漏れ出ている。
その迫力にアミルダは一瞬気圧されそうになったものの笑みを浮かべることで気持ちを切り替えた。
「それは昔のラミアンの話ね」
「母上は今も体が弱いはずです」
「本当にそう思っているのね。それじゃあ聞くけど、アルが入学する前からラミアンは活動的になっていると思わない? それに、学園生活を送るようになってからはより一層ね」
アミルダに指摘されて思い返してみる。
魔法適性を初めて知ったあの日、光属性を使って手伝いをしようと部屋に向かうと立ち上がっただけでよろめいていたラミアンだが、それ以降はそのような場面を目にした覚えがない。
さらに言えば、チグサとの模擬戦を裏庭で行った時にはマジックウォールを発動させて屋敷を魔法で守って見せた。
「レベル5の魔法が使えるまで回復している、ってことですか?」
「はっきり言えば、完全に回復しているわね」
「……ま、まさか。そんなこと、母上は俺に一度も言いませんでしたよ?」
「どうせラミアンのことだから、単純に忘れていたと言って教えてくれるだろうから聞いてみなさい」
思いもよらないところからラミアンの現状を知り、話がだいぶ逸れてしまった。
「……だ、だとしてもです! たった二人の魔法師がいたところでスタンピードを抑え込むだなんて──」
「スタンピードが早くなったけど、それも見越して戦力を呼んであるわ。その人物は、ノワール家の屋敷にいるじゃないの」
「家にって……あー、まさか、キリアン兄上ですか?」
アルの言葉にアミルダはウインクをしながら一つ頷いた。
「そこに私とペリナが加われば大規模魔法で一気に数を減らすことができるわ。後は前線で中規模から小規模の魔法で各個撃破しつつ、冒険者と連携して叩くことができれば十分に抑え込むことが可能だわ」
レオンとラミアン、そしてキリアンの実力はアルが一番よく知っているだろう。
そして魔法学園の学園長を務めるほどの実力者であるアミルダが加われば、確かに大都市の魔法戦力に匹敵するかもしれない。
「スプラウスト先生とはダンジョンに潜りましたが、ヴォレスト先生に匹敵する実力があるとは思えないのですが?」
「彼女の魔法は広域に対して真価を発揮するからね。ダンジョンの中じゃあやりづらかったと思うわよ」
「なるほど。こういった状況にはうってつけの人選ということですか」
「理解が早くて何よりだわ」
魔法属性があるように、魔法師には得意魔法が当然ながら存在している。
近距離魔法、中距離魔法、遠距離魔法、さらには局地魔法や広域魔法などだ。
アミルダがいうようにペリナは土属性を使った広域魔法を得意としているのでスタンピードに対しての戦力で考えるとラミアンに引けを取らないかもしれない。
「ということは、俺たちは冒険者と連携して前線で戦えばいいってことですか?」
「そういうことね」
「……過去の産物を扱う冒険者と連携して?」
「そういうこと」
「……過去の産物を持ち出して?」
「もちろんよ」
ここまで話とお膳立てが進んでしまえば、後はアルの欲望のままに考えるだけである。
勝てる見込みがあり、その中で思う存分に剣を振ることが可能であれば受けない理由が見当たらない。
「……俺の指導を受ける者が生き残れるよう、全力を尽くしたいと思います」
「期待しているわよ」
最終的にアルは上機嫌だったのだが、全てがラミアンの台本通りに進んでいたとは思いもしなかった。
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