第208話:トーナメント戦⑱
すでにシエラは舞台上で待っており、例に漏れることなくアルを睨みつけながら殺気を放っている。
ここまでされてしまうと語ることはなく、魔法を交えて――本当なら剣がいいのだが――語り合うしかないだろう。
アルがオールブラックを、シエラがナイフを構えたことで審判が右手を上げる。そして――
「決勝戦――開始!」
大歓声が舞台を覆い尽くしているが、二人の聴覚にはお互いの挙動に必要となる音しか聞こえていない。
シエラの右腕が振り抜かれる風切り音。
アルが杖を突き出す擦過音。
ライトブレイドとフレイムランスが同時に撃ち出されるとちょうど中心で激突、相克を引き起こして大きなクレーターを作り出す。
爆発を契機に二人は右回りに動き出す。まるでお互いの思考が分かっているかのような動きだ。
黒煙に視界を遮られながらも規模を小さくした魔法を牽制で撃ち合っているが、その全てが的確に相手の位置へと飛んでいく。
二階席からその光景を眺めていた学生にとってはなぜお互いの位置が分かるのだろうと疑問に思う者が大半だっただろう。
だが、アルと行動を共にしていた者たちからすると当然のことであり、だからこそ驚きに表情を染めていた。
「やはり、魔力を感じることができるみたいだな!」
「これくらいできないと、あなたを倒すことはできない!」
今までは無機質な声で魔法を唱えていたシエラが初めて感情的な声をあげる。
「俺にはお前が敵対視する心当たりがないんだが、その辺りを教えてもらえないか!」
「黙れ!」
「ならば、俺が勝ったら教えてくれるか?」
「黙れえっ! これならどうだ――スターレイン!」
レベル4の光属性魔法のスターレインは無数の光の矢を降り注がせる広域殲滅型魔法。
舞台上全域を支配下に置くという点で言えばリリーナの考えと同じなのだが、注がれている魔力量と威力が桁違いだった。
全てが降り注げば舞台全てを破壊するだけの威力を誇り、そして全ての魔力をその手中に収めている。
魔法の支配を奪うことも叶わず、一度でも気を抜けば体中が穴だらけになるだろう。
「アースライトウォール」
攻めるか受けるか、アルの判断は受ける方だった。
光属性のライトウォールには同じ光属性を反発させる力があるのだが、それだけでは全ての光の矢を防ぐことはできない。
そこでアースウォールと魔力融合させることで、逸らせた光の矢を土の壁でさらに防ぐことで射線を外していた。
「ま、魔力融合だと!? ……だ、だが、防戦一方では私には勝てない――!」
押しているのは自分だと思い込んでいたシエラだが、突如として視界が歪み立っているのもやっとなくらいの倦怠感が襲い掛かってきた。
なんとかスターレインを維持しているものの、その威力は明らかに弱まり範囲も縮小されていく。
「……き、貴様……何を、した!」
「魔法師がそう簡単に種明かしをするわけないだろう」
「くっ! だ、だが、私は負けない、絶対に貴様を倒す!」
アルが使っていた魔法は闇属性魔法のダークアイである。
闇属性魔法についてペリナと特別授業を受けていた時に使ってもらった魔法なのだが、その威力はアルの方が倍以上も強くなっている。
オールブラックのおかげでもあるのだが、アルが魔法に込める魔力量も威力を底上げする要因の一つになっていた。
単なる黒い靄を発生させるだけのダークアイが、立っているのもやっとになるほどの倦怠感を与えているのだから魔法の予測がつかないのも頷ける。
しかし、シエラはそんなダークアイを自らに魔力を押し流すことで打ち消してしまった。
「……おいおい、そんなことをしたら魔力が体内で暴発してただでは済まないぞ?」
「第一魔道場の自動治癒があれば、怖いものなどないわ! 貴様を倒すことができれば、私はそれで十分なのよ!」
「おいおい、本当に俺が何をしたって言うんだよ」
嘆息しながらそう口にしたのだが、興奮しているシエラにとってはアルの軽口が思考を抉る挑発へと昇華されてしまっていた。
「黙れええええぇぇっ! これで終わりにしてやる、くらえ――ビッグバン!」
光属性のレベル5魔法であるビッグバン。
起点を設定し、そこに大量の魔力を注ぎ込み意図的に魔力暴発を引き起こして大爆発を引き起こす。
単に魔力を暴発させるだけならどの属性でも扱えると思われがちだが、日中であれば何処にでも存在しうる光を起点にして放たれるビッグバンの威力は計り知れない。
注がれる魔力量によっては第一魔道場ですら吹き飛ばしてしまうかもしれなかった。
「これで、終わりよ!」
「全く、無茶が過ぎるんだよ」
シエラが保有する全ての魔力をビッグバンに注ぎ込み暴発させようとした時、すでにアルの姿は消えていた。
その変わり、首筋に小さな圧力が掛かったかと思った時にはシエラは意識を失い、意図して暴発を促されていた魔力は大気中に霧散していたのだった。
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