第203話:トーナメント戦⑬
学園長室にやって来たアルが耳にした内容は、なんとも面倒この上ないものだった。
「それは教師の役目であって、俺の役目ではありません」
「だからこうして頭を下げているんだろう」
アミルダからもたらされた内容――というかお願いは、学園代表となった学生にアルが魔法指導を行うというものだった。
「そもそも、俺みたいな一年次でFクラスの学生が上のクラスや上級生を指導するなんてあり得ないことじゃないですか」
「アルの言うことはもっともだ。だが、そこを改善しなければ私の理想とする学園を作り出すことができないんだよ」
「……理想の学園?」
アミルダは入学式の時に実戦で使える魔法師を育てると宣言している。
確かにアルのような戦い方ができれば後方に陣取るだけではなく、前線に出ても申し分ない魔法師を育てることができるはずだ。
だが、それを成すにはカーザリアという国家自体が変わらなければならない。
ユージュラッドという辺境の都市の魔法師だけが変わったところで過去の産物だと揶揄されるだけだろう。最悪の場合には異端者と断じられて滅ぼされる可能性だって考えられる。
そのことに気づかないアミルダではないだろうとアルは考えており、その真意を測りかねていた。
「……はっきり言って、カーザリアは他国に比べて遅れている」
「遅れている? それは魔法師の実情がということですか?」
「その通りだ。カーザリアでの魔法師は単に魔法砲台としての役割しか果たしておらず、後方で胡坐をかいてのうのうとしている奴のことを指している」
「ですが、それがカーザリアの魔法師であり、貴族です」
実際に最前線へ発つのは変えの利くレベルの低い魔法師や冒険者たちである。
それ故に国と冒険者との間には軋轢が生じており、現状で魔獣や他国から本格的な侵攻が行われた時に対処が遅れてしまうだろう。
「ユージュラッドは辺境にあるため、それらの脅威とはいの一番で対峙することとなるはずだ」
「……だから、少しでも使える魔法師を育てたいということですか?」
「その通りだ」
「でも、ここまで急がなくてもいいのでは? 仮に俺がそのお願いを承諾しても学生たちが納得しないでしょうし、反発が強くなるのは目に見えています」
アミルダは何かを焦っている。そう感じたアルはその答えを聞くまでは頷けないと頑として反論してみせる。
そんなアルの真意が通じたのか、アミルダは嘆息しながらも胸の内を明かしてくれた。
「……近い内、魔獣のスタンピードが起こるかもしれない」
「……その情報は確かなんですか?」
その答えは予想外なものであり、さらに言えば一つの都市だけで解決できるとは到底思えない程に大きな問題だった。
「私の心の属性が闇属性だということは以前に話したでしょう。その類で使い魔を多方面に飛ばしているんだけど……そのうちの一匹が異常な進化を遂げたのを確認したのよ」
「異常な進化ですか? ダンジョンで起きたようなイレギュラー、特殊個体ではなくて?」
アルはユージュラッド魔法学園が保有しているダンジョンと、氷雷山にて特殊個体と対峙している。
そのうち氷雷山の特殊個体であるオークロードは目の前で進化しており、それと同じものと考えていた。
「いいえ、特殊個体とはまた違うわ。文字通り異常な進化、あり得ない個体が産まれ落ちたのよ」
特殊個体は他の魔獣を喰らい、同じ位のままで強く進化した個体や同じ種族の上位種に進化したものを言う。
一方、アミルダが言っている異常な進化というのは種族すらも変えて進化してしまった個体のことを言うのだ。
「その異常な進化をした魔獣が、魔獣のスタンピードを引き起こすということですか?」
「その通りだ。その魔獣の名前はフェルモニア、魔獣が好む匂いを発しながら移動を繰り返すSランク相当の魔獣だ」
Sランク相当と聞いて、アルはゴクリと唾を飲み込んだ。
オークロードの実力がAランク相当であり、それを相手にアルはギリギリの勝利しか手にすることができなかった。
アルディソードがある今ではまた違う結果になるかもしれないが、それでも強敵だったことに変わりはなくSランク相当となれば苦戦は必至だ。
そして、アミルダの説明の中に無視できない内容がもう一つ含まれている。
「魔獣が好む匂いを発しながらと言っていましたが、もしかしてフェルモニアを追い掛けて魔獣のスタンピードが発生するということですか?」
「察しが良くて助かるよ。そして、そのフェルモニアが西から真っすぐにこちらへと向かって来ているんだ」
頭を抱えるアミルダだったが、これ程の情報を何故アルに伝えるのか。その真意を推し量ろうとすると、わずかばかりげんなりしてしまう。
「……ヴォレスト先生。もしかしてですけど、そのフェルモニアと魔獣の群れにユージュラッドだけで対抗しようとしてませんか?」
「……当然だろう。これが成功すれば、私の魔法師育成プランが全国に行き届くかもしれないんだからな」
予想が外れて欲しいと強く願ったアミルダの答えを聞いて、アルは大きく溜息をついた。
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