第202話:トーナメント戦⑫
(……全く、俺がお前に何をしたと言うんだ?)
シエラからの殺気を真っ向から受け止めたアルは腕を組みながらそんなことを考えていた。
その存在すら知らなかったし、何かをやったという覚えもない。
意図しないところで関わっていた可能性は否定できないが、そんなことを考えてしまうと堂々巡りになってしまう。
相手が中級貴族なのだからその関係、アルが関わった貴族で大きな問題になったことといえばザーラッド家くらいなものだが。
「だが、これとは思えないんだがなぁ」
「どうしたのですか、アル様?」
「ん? あぁ、なんでもないよ」
アルの呟きを聞いたリリーナが問い掛けるが、それに笑みを浮かべながら答える。
実際に何が原因なのかははっきりしないのだから他に答えようもない。
「さて、第六試合が終われば次はフレイヤさんの出番だな」
「フォルト様は控え室まで行かなくてよかったんですか?」
クルルの質問にフォルトは笑顔で答える。
「もし君たちのところに貴族たちが押し寄せてきたら対応できないかもしれないからね。僕が一人いるだけでどうこうできるわけじゃないけど、多少の抑止力にはなるだろう」
多少と謙虚に言ってはいるが、実際はとても強大な抑止力になっている。
相手がザーラッド家であってもハッシュバーグ家ならば対等に渡り合える、それ程に家格が高いのだ。
何故なら、ハッシュバーグ家は王都に類する貴族なのだから。
「フォルトさんはどうしてガルボ兄上とパーティを組もうと思ったんですか?」
そんなハッシュバーグ家だからか、アルはそんな疑問を口にする。
「うーん、アル君になら言ってもいいかな。……実は、キリアン様にお願いされたんだよ」
「キリアン兄上に?」
フォルトの答えはアルの予想外なものだった。
ガルボの実力は学園内でいえば中の上、四年次の学生内だと確かに上位に位置するがトップということではない。
何かしらガルボに感じ入るものがあったのか、それとも自身に何かしらのプラスがあるからだと思っていたのだ。
「えぇ。キリアン様とは王都で知り合いましてね。それで、彼の人となりに共感しましてユージュラッドの魔法学園への入学を決めたのですが、その時にお願いされたのです」
「ですがフォルト様、わざわざユージュラッドの魔法学園に入学するというのは、その……当主様からは大反対されたのではないですか?」
質問はリリーナからだ。
王都に居を構えているハッシュバーグ家が次男とはいえ子息を辺境にあるユージュラッドの魔法学園へ通わせることに反対したのは想像に難くない。
だが、それに対してもフォルトは柔和な笑みを浮かべて答えた。
「そうだけど、父上もキリアン様には一目を置いているからね。ハッシュバーグ家は自らの打算も考慮の上でノワール家と懇意にしているんだよ」
「ですが、一目を置かれているのはキリアン兄上であってガルボ兄上ではないですよね?」
「アル君もはっきりと言うね」
ここだけはフォルトも苦笑を浮かべていたが、それでも答えを偽ることなく正直に答えてくれた。
「最初はハッシュバーグ家の次男として、その役目を果たそうと考えていたんだけどね。ガルボと付き合っていく中で、僕自身がガルボに惹かれていったんだよ。弟思いのガルボにね」
最後だけはお茶目にウインクをしながら口にされたことで、アルは少しばかり恥ずかしくなる。
本音を家族にすら告げていなかったガルボだが、フォルトとフレイヤには話していた。
「……まあ、その思いに家族の誰も気づかなかったから問題になったんですけどね」
「あはは! それは言えてるね。まあ、そこもガルボの人間性であり、含めて僕は気に入っているんだよ」
上級貴族にすら気に入られるガルボという人柄を、アルは兄弟であるにもかかわらず見極めることができなかった。
そこに悲しさを感じながらも、そんな兄のことを誇りにも思う。
「さて、そろそろフレイヤの試合だから舞台に集中しようじゃない――」
「アル!」
フォルトがそう口にしているところへ声が掛かる。
「ガルボ兄上?」
二階席と廊下を繋ぐ入り口の前にはガルボが困った顔で立っていた。
アルは席を立ちそのまま駆け寄ると、申し訳なさそうな感じで口を開く。
「どうしたんですか?」
「あー、すまないが、学園長から呼び出しだ」
「ヴォレスト先生から? でも、今からフレイヤさんの試合ですよ?」
「そうなんだが、どうやら急ぎの用事らしい」
学園長であるアミルダが学生が集まるここへ呼びに来るのはマズいと考えてガルボに伝言をお願いしていた。
「……はぁ、分かりました」
「お前、溜息はないだろう。学園長からの呼び出しだぞ?」
「こっちの都合を無視しての呼び出しですよ? 溜息の一つくらい出ますよ」
心の中でフレイヤに謝罪しながら、アルは学園長室へと向かった。
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