第198話:トーナメント戦⑧

 控え室に戻ってきたアルを出迎えたのは、ここまで送ってくれたガルボとフォルトだ。

 二人は目が合った途端にニヤリと笑い、それに応えるようにしてアルも笑う。

 一回戦のように控え室前の通路に学生が集まる可能性を踏まえてすぐに移動しようと考えたのだが、今回は学生よりも質の悪い相手が待ち構えていた。


「アル・ノワール。貴様、どんないかさまをやったんだ?」

「……お言葉ですが、アルはいかさまなどやっておりませんよ――ジャック先生」


 二年次Aクラスの担任であるジャック・グラスエルが憤怒の表情でアルを睨みつけている。


「俺はお前に聞いていないぞ、ガルボ」

「でしたら俺から。ガルボ兄上が言ったように、俺はいかさまなんてしていません」

「嘘を言うな! そうでなければジーレインが貴様のようなFクラスに負けるわけがないだろう!」

「単純に実力が足りなかった、それだけのことです」

「き、貴様! 俺が手塩に育てた学生を侮辱するのか!」


 まるで自分のおかげでジーレインが二年次トップに上り詰めたかのような言い草に小さな違和感を感じながらも、アルは本当のことを話しているので侮辱も何もないと思ってしまう。


「証拠もないのに決めつけるのは僕もどうかと思いますよ、先生」

「ふん! ハッシュバーグ家の次男だかなんだか知らんが、貴様も黙っていてもらおうか!」


 グラスエル家は中級貴族なのだが、軍人としてのし上がってきた実力主義の貴族である。

 ならば実力の有無に関して理解があってもいいはずなのだが、ジャックに限っては自分が一番だと思い込む節が強く、さらに上下関係にも極端なこだわりを持っていた。


「でしたら、どうすれば信じていただけるのですか?」

「信じるも何も、いかさまなのだから信じる必要がないだろう!」

「……はぁ。聞く耳すらないんですね」

「き、貴様っ! ジーレインだけではなく、俺をも侮辱するか!」


 今にも飛び掛かって来そうな迫力を持っていたが、そこへ別の声が聞こえてきた。


「何をしているんですか、グラスエル先生?」


 笑みの中にも怒気を孕んでいるアミルダが腕組みをしながら歩み寄ってきたのだ。


「学園長! こいつがいかさまをしたので問い詰めていたところです!」

「ほほう。では、そのいかさまについてどの程度の証拠があるのか、今この場で見せてもらってもいいですか?」

「証拠など、FクラスがAクラスに勝利するなどあり得ない! それこそが証拠です!」


 独善的な主張にアミルダは笑顔のままだがこめかみがピクピクと動いている。

 そのことに気づいていないジャックはさらに全く根拠のない主張を並べ立てており、アミルダもそろそろ我慢の限界を迎えるのではないかと心配していたのだが、まさにその通りとなってしまった。


「ですから、さっさとこのゴミ屑を――」

「グラスエル?」


 ついには呼び捨てになってしまったアミルダの異変にようやく気づいたジャックは視線をアルからアミルダに向け、そして一瞬で表情を青くしてしまう。


「そんな言葉だけの証拠になんの価値もないのよ。物証がないのなら、意味のない差別は止めなさい!」

「い、意味のない差別と言いますか! FクラスがAクラスに勝利するなどあり得ない! それのどこが間違っているというのか!」

「目の前の出来事が事実でしょうが! ジーレインはアルに負けた、それが事実よ!」

「ぐっ!」


 拳を握りしめて体を震わせているジャックは、最後に殺気じみた視線をアルにぶつけてその場を去ってしまった。

 その背中が見えなくなると、アミルダは大きな溜息をつきながらアルに頭を下げてきた。


「本当にごめんね、アル」

「そんな、学園長が謝らないでください」

「いや、あいつは根っからの貴族派だからな。学園が平等と謳っていても、貴族と平民を区別する奴は多い」


 学生だけではなく教師ですらそうなのだから仕方がないとアルは考えている。深く根をおろしてしまった感情を、学園内でだけは変えろと言われてもなかなか変えられるものではないのだ。


「特に、ジャックはグラスエル家からも良く思われていないからな」

「そうだったんですか?」


 意外な言葉にアルは疑問を口にする。


「レベル3を多く持っているが、レベル4を持っていなかったんだ。軍人としてのし上がってきたグラスエル家にとって、高いレベルを保有する者がより優遇されるんだよ」

「……もしかして、それで手塩に育てたとか言ってたのか?」


 自分には持っていなかったレベル4を持っている学生を贔屓し、育て、そして華々しく卒業させる。

 そうすることで自分の存在意義を保とうとしていたのかもしれないとアルは考えた。


「言っておくけど、アルが一回戦で倒したヴィンスも二年次Aクラスだからね?」

「あー……だったら、もうちょっと二回戦の対戦カードは考えて欲しかったですね」

「私が見るに、ジーレインは学園代表に入れる器じゃなかったのよ」


 二年次トップの学生にそんなことを言っていいのかと思ったが、実力を隠している者や埋もれている者は意外と多い。


「このまま優勝までしてくれたら、優勝賞品を手放さなくて済むから私としては嬉しい限りなんだがな?」

「……あの程度の素材で良ければまた渡しますけど?」

「あ、あの程度って……まあいいわ。でも、優勝を期待しているのは本当よ」

「まあ、善処しますよ」


 フレイヤ、もしくはシエラとの対戦も楽しみなアルとしては是が非でも決勝まで残りたいと思っている。

 アミルダの言葉に触発されたわけではないが、改めて気合を入れ直すと共に控え室へやって来る人物を見て笑みを浮かべた。


「次の試合、頑張れよ」

「はい!」


 第二試合に出場するリリーナがクルルと共に現れたので、アルはハイタッチをしながらその場を後にした。

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