第184話:アルの周囲
女子たちを撒いたアルだったが、教室の前にはまた別の集団が戻ってくるのを待っている。
今日何度目になるか分からない嘆息を漏らすと教室には戻らずに学園長室へと向かう。
ノックをして中に入ると、そこにはニヤニヤと笑いながら出迎えてくれたアミルダが立っていた。
「今日も大量だったかな、有名人!」
「茶化さないでください、ヴォレスト先生。アイテムボックスの中身を渡しませんよ?」
「あはは、冗談よ。でも、本当に有名になっちゃったわね」
「今は冗談が冗談に聞こえないんですよ」
表情を苦笑に変えてそう口にしたアミルダはアルに椅子を勧めると断りを入れてそのまま腰掛けたのだが、ドアの挟んだ廊下からはアルを探しているだろう女子たちの声が聞こえてくる。
ここまでしつこく探し回る理由が何なのか分からないアルとしては面倒以外の何ものでもなかった。
「明日も明後日もこれが続くと考えたら、朝が憂鬱で仕方ないんですから」
「これがアルの運命だったと考えたら諦めも付くんじゃないの? それに、ザーラッド家の取り潰しに関わっていたのも事実なんだからね」
「事実はゾランの自業自得なんですから、俺の名前が出てくるのがそもそも間違いなんですよ」
アルはゾランとの模擬戦に勝利し、またエルクに対して行われていた嫌がらせを阻止しただけに過ぎない。
その後の行動には一切関与しておらず、言葉通りゾランは自業自得でザーラッド家をも潰してしまったのだ。
「それでも噂を消すことはできないよ。状況は時間が解決してくれるだろうから、今は我慢することだね」
「ヴォレスト先生は学園長なんですから、何とかできませんか?」
「無理だな!」
「……そんな即答しなくても」
ここでも嘆息を漏らしながら机に出されたお茶を一口すすると、ダンジョンからここまで走ってきたので喉が渇いていたのかそのまま一気に飲み干してしまう。
そして、そのままダンジョンで手に入れた素材をアミルダのアイテムボックスに移す作業へと移行した。
「それにしても、綺麗に殺しているんだな。まるで魔法ではなく刃物で殺したように見えるが?」
「その通りですよ」
「……そうなのか?」
「魔法剣も見せているヴォレスト先生だから言いますけど、剣の形をした魔法装具を作ってもらったんです。……どうしましたか?」
作業の手が止まったのでアルが顔を上げると、アミルダは口を開けたままこちらを見て固まっている。
どうしたのかとアルが首を傾げると、何度か口をパクパクさせた後にアル以上の溜息を吐き出していた。
「本当にどうしたんですか?」
「……いや、何だかもうアルが規格外という言葉だけでは言い表せなくなったなと思ってな」
「いや、魔法装具を持っている学生なら他にもいるでしょう。それに剣の魔法装具なんて学園では大手を振って使えないんですからここではあまり意味を成しませんよ」
「いや、その年齢で魔法装具を二本も持っていること自体がおかしいんだが……まあ、アルだからいいか」
今のは絶対に褒められていないと思いながらもツッコミを入れるだけの元気も今はなく、素材の移動を再開させた。
出てくる素材の量にアミルダは呆れていたが、アルとしてはアイテムボックスの代金を返さなければいけないので実を言えば必死で魔獣の討伐を行っている。
「これで全部ですね」
「今日も大量だな。この調子なら、一年でアイテムボックスの元を取れるかもしれんぞ」
「今だけですよ。他の学生が下層まで潜れるようになったら俺も自由に戦えませんからね」
アルディソードが無くてもアルの魔法技量であれば一〇階層でも問題はないだろうが、さらに下の階層となれば分からない。
事実、ペリナと一緒に一五階層まで下りた時には斬鉄にソードゼロと剣術も遺憾なく発揮していたのだから魔法だけで無理をしようとは考えていなかった。
「ユージュラッドだけでもいいので、剣術を評価に入れてくれませんか?」
「無茶を言うな。実戦重視の授業内容に変えていっているが、いきなり剣術を評価に加えるのはできないよ」
「まあ、そうですよね。すみません、ちょっと疲れているので先に失礼します」
そう言って立ち上がろうとしたアルだったが、再び廊下から女子の声が聞こえてきたので中腰のまま固まってしまう。
「……あはは! アル、もう少しここでゆっくりしていけ」
「ですが、お邪魔ではないですか?」
「構わんよ。あまり力はないが、学生を守るのも学園長の仕事だからな!」
立ち上がったアミルダがアルの肩を叩くと、嘆息しながらアルは再び腰掛ける。
そこに入れ直されたお茶が出されたので世間話をしながら時間を潰し、時間も遅くなり女子たちの声が聞こえなくなったタイミングでお礼を口にして学園長室を後にする。
「気をつけて帰るんだぞ」
「はい。ありがとうございました」
廊下に出て肩を回しながら大きく伸びをするとわざわざ気配察知まで行いながら教室へと戻り、背中を丸めながら帰路についたのだった。
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