第178話:魔法装具師

 ――さらに数日が経ち、ラミアンから声が掛かった。


「アル、魔法装具師との都合がついたわ。急だけど、今から行けるかしら?」

「もちろんです、母上!」


 今か今かと待ちわびていた魔法装具の作成――否、アル専用の剣の作成がようやく叶うとあって間髪入れずに返答する。

 そんなアルを見てラミアンは苦笑を浮かべていたが、当のアルは気づくことなくすぐに外出の準備を始めていた。


「じゅ、準備できました!」

「そんなに急がなくても魔法装具師は逃げないわよ。それじゃあ行きましょうか」

「はい!」


 屋敷を出ると外には馬車が準備されていた。

 アルが先に乗り込みラミアンをエスコートする。

 馬車が動き出すとアルは待ちきれずにソワソワしてしまう。


「アル、落ち着きなさい」

「お、落ち着いていますよ、母上!」

「うふふ。まあ、大人っぽいアルの子供っぽいところが見れるからいいかしらね」


 ラミアンはそう口にすると微笑みながらアルの様子を見つめることにした。

 自分にレベル1しかないと分かった時はどう思っただろうか。兄であるガルボにきつく当たられていた頃はどう思っていたのか。ラミアンはアルの心の揺れ動きをとても心配していた。

 良い関係を築けていると思っていても、アルは自分のことをあまり語ろうとはしてくれなかった。

 だが、アルは全ての難局を自らの力で乗り越えてきた。

 レベル1だからと腐ることなく冒険者になる道を選択し、そして一切ブレることなく真っすぐに突き進んでいる。

 ガルボとの関係性についても自分の力で手繰り寄せて今ではキリアン以上の絆を作り上げているとさえ思えてしまう。


「……本当に、成長したわね」


 ラミアンの心配をよそに、アルは誰よりも大きく成長していった。

 レベル1というハンデを背負っての成長なのだから、精神的にも逞しく成長したことだろう。

 それが嬉しく、同時に少し寂しくもある。


「……どうしましたか、母上?」


 いつしか、微笑みは哀愁漂う表情へと変わり、そのことをアルに気づかれてしまった。


「……いいえ、なんでもないわ。魔法装具師のお店はもうすぐだから、大人しくしているのよ!」

「はい!」


 本当はアルの中にアルベルトとしての記憶があるからこそ同年代の子供と比べて精神的にも強いのだとは知る由もなかった。


 ※※※※


 到着したお店は大通りから外れた路地裏の一画にある。

 下級とはいえ貴族が足を運ぶような場所には見えなかったが、ここはラミアンが絶大な信頼を注ぐ凄腕の魔法装具師が営む魔法装具店だった。


「ここはね、私の姉弟子が営むお店なのよ」

「姉弟子ですか? ということは、母上も魔法装具を作れたり?」

「いいえ、私は作れないわ。同じ師に教えを乞うていたけど、私は純粋に魔法の腕を、姉弟子は魔法装具作りを習っていたの」

「母上のお師匠様は魔法師としても、魔法装具師としても活躍していたのですね」

「普通はいないわよ。両立して成果を上げるなんて、並の魔法師ではできないことだからね」


 光属性のレベル5を持つラミアンですらそう口にするのだから、その師匠は相当な腕前なのだとアルは理解し、さらに同じ師に教えを乞うていた姉弟子の魔法装具師としての実力も相当なものだろうと容易に想像することができた。


「では、中に入りま――」

「ラーミーアーーーーン!」


 ラミアンが扉を開ける前に名前を叫びながら一人の女性が店内から飛び出してきた。

 女性はそのままラミアンに抱きつくと超至近距離から何やら捲し立てている。


「ねえねえ! 氷岩石はまだなの? 早く見たいんだけど見せてくれないかな! 貴重な素材だし僕もまだ見たことがないんだよ! さあ、早く、早くぅぅ――痛いっ!?」

「……落ち着いてくださいね、ベルさん?」

「……あは、あはは」


 あまりに衝撃的な初対面にアルは顔を引きつらせてしまう。

 拳骨を貰ってしまった女性――ベル・リーンは頭を押さえながら涙目でラミアンを上目遣いで見つめていた。


「あぅぅ、拳骨は止めてよ~。これでも姉弟子なんだよ~?」

「姉弟子だからこそ、凛々しい姿を見せて欲しいんですよ。これでは、私の息子が失望してしまいます」

「……息子?」

「あっ! は、初めまして。ノワール家の三男で、アル・ノワールと言いま――どわあっ!?」


 慌てて自己紹介をしたのだが、その途中に凄い勢いで近づいて来るとまたしても超至近距離で捲し立ててきた。


「き、君がアルっちだね!」

「ア、アルっち?」

「アイテムボックス持ちの! そうか、君が氷岩石を持っているんだね! ということは魔法装具も君が欲しているのか。うんうん、それなら早く氷岩石を見せて――ぎゃんっ!?」


 本日二度目となる拳骨がベルの頭の落ちると、涙目で振り返りラミアンを見つめる。


「……い、痛いよぅ」

「アルが怖がっているでしょうが!」

「こ、怖いのはラミアンじゃないか!」

「……えっと、この人が、本当に凄腕の魔法装具師なのか?」


 ベルに魔法装具作りを依頼していいのか、アルは一抹の不安を抱くのだった。

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