第177話:ユージュラッドへの帰還④

 残りの夏休みをアルはユージュラッドで過ごすことにした。

 アミルダに戻ってきたことを報告してすぐに退室する。呼び止められたのだが、時間もないので逃げるように出てきた。

 きっとダンジョンに潜って素材を取ってきて欲しいと言われるのではないかと思ったのだ。

 その足で向かったのがユージュラッドにあるリーズレット商会である。

 クルルに顔を見せようとしたのだが、そこにはリリーナもいて驚いた。


「アルじゃないの!」

「アル様、戻ってきたのですね!」

「昨日戻ったんだ。それにしてもリリーナがいるとは思わなかったよ」


 話を聞くと、避暑地から戻ってきたリリーナは夏休みの間リーズレット商会を訪れてクルルと話をしたりお茶をしたりと楽しい夏休みを過ごしていたのだとか。

 店内には多くの客がいてなかなか気づかないだろうが、こちらへ常に視線を送っている者を見つけると内心で安心していた。


「リリーナもなかなか無理をするんだな。貴族令嬢が一人で出歩くなんてそうそうないんじゃないのか?」

「お父様にはちゃんと話を通していますし、護衛の方もいらっしゃいますから」


 そう言ってリリーナは護衛に手招きするとこちらへ呼び寄せる。

 近づいてきたのは帯剣などはしていない女性の護衛だ。


「お初にお目に掛ります、私はリリーナお嬢様の護衛騎士をしているジーナ・クラインと申します」


 護衛騎士のジーナは自己紹介の後、何故かアルに視線を向けている。

 その様子にリリーナが首を傾げていると、見られている方のアルが苦笑しながら口を開いた。


「どうして気づいたのか、という顔ですね」

「あっ、その……はい。周囲の方々には護衛と分からないようにしていたものですから」


 護衛を行う際、護衛対象から離れることはあまりないのだが今回はリリーナが離れてくれるようお願いしていたのだとアルは推測している。

 友達との楽しい時間を邪魔されたくないという気持ちが顔に現れているのだ。

 実際にリリーナがジーナを呼ぶ時の表情は貴族令嬢としての顔であり、友人に見せるそれとは異なっていた。


「時折向けられる視線もそうですが、俺が声を掛けてきた時に一瞬警戒しましたよね。その時の殺気で気がつきました」

「殺気!?」


 護衛対象に突然近づいてきた見知らぬ者がいれば当然ながら護衛は警戒する。それが子供であっても変わりはない。

 しかし、リリーナから見るとアルは学園での大事な友人であり、親しくなりたいと思っている相手である。そんな相手に殺気を向けたのかと驚くと共にジーナを叱責しようとした。


「リリーナ、護衛とはそういうものだ。だから決して叱責などしないようにな」

「……ですが、アル様は私の大事な友人なんですよ?」

「それをリリーナはジーナさんに伝えていたのか?」

「……いいえ、伝えていませんでした」

「それならジーナさんに責はないだろう。むしろ、護衛対象に見知らぬ人物が近づいてきたのに知らんぷりしている方が危険じゃないのか?」


 アルの言葉にリリーナは少しだけ下を向いてしまったが、すぐに顔を上げるとジーナを見つめながら口を開く。


「……そうですね。ジーナ、すみませんでした」

「いえ! その、私もまだまだ未熟なもので、まさか殺気に気づかれるとは思いませんでした」

「そうそう、その点で言えばジーナさんも気をつけるべきですね。俺が本当にリリーナを狙う輩だったら一発でバレてしまいますからね」

「アル、あんたは一言多いのよ」


 そう注意してきたのはクルルである。

 クルルはジーナのことを思ってそう口にしたのだが、アルの指摘が間違いではないことを理解していたジーナは首を横に振り納得の表情を浮かべていた。


「いえ、アル様の言葉に間違いはございません。ですが、どうして私の殺気に気づかれたのですか? 未熟は承知ですが、それでもわずかなものだったと思いますが」


 ジーナの疑問の声にいち早く反応したのはリリーナとクルルだった。


「「規格外だからよ!」」

「……えっと、それって答えになるのか?」

「アル様は全てにおいて規格外ですから、常識で考えていたら理解が追いつきませんよ!」

「そうそう、ユージュラッド魔法学園の記録を塗り替えた張本人なんだからね」

「あぁ! お嬢様が常日頃口にされているあのお方なのですね!」


 常日頃というところに疑問を覚えたものの、アルは口にすることなくジーナも加えた四人で話をした。

 ノースエルリンドへの道中でラグロスと知り合ったことを伝えるとクルルはとても驚いていたが、これで正真正銘リーズレット商会の上客になったのだと喜んでいた。

 そして、話の流れからユージュラッドがリーズレット商会本店なのだということも耳にする。


「どうりでノースエルリンド支店よりもでかいわけだ」


 大きさはノースエルリンド支店の倍以上はあり、取り扱っている商品も多岐にわたっている。

 冒険者が好みそうなものや観光客相手の土産品、さらには日常雑貨も置いているので多くの客が出入りを繰り返している。


「お兄さんが家を出たと言っていたが、ここはクルルが継ぐのか?」

「どうだろう。私は継ぎたいけど、そこはお父さん次第かな」

「そうなのか? ……まあ、気長に頑張れよ」


 ラグロスに言えばすぐに継げそうだとアルは思ったが口には出さなかった。

 家族間でのやり取りである、部外者の自分が口を挟むわけにはいかないと考えたのだ。


「そういえば、エルクたちが何をしているのか分かるか?」

「家の手伝いって言ってたけど、夏休み中は見かけなかったわ」

「私も見ていませんね」

「なら、挨拶は夏休み明けでも構わないか」


 顎に手を当てながらそう口にすると、二人はアルの顔をジーっと見つめたまま動こうとしない。


「……ど、どうしたんだ?」

「今の発言から察するに、この後は何も予定がないと見た!」

「アル様の話を聞きたいです!」

「それは構わないが」

「よーし! それじゃあ今日は一日付き合いなさいよね!」

「い、一日だと!?」

「ジーナも構わないわよね!」

「はい。私もアル様の規格外な話を聞いてみたいです」

「……まあ、いいか」


 観念したアルはこの日、本当に一日中リーズレット商会で過ごして四人で話をしていたのだった。

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